渥美清死去報道の特集

製作著作 by ひろぽん@にこにこ山田村    

== 何年か前に私がニフティに書いたものから当時の様子をうかがい知ろう ==

平成8年(1996)8月、俳優の渥美清さんが亡くなった。享年68歳。
東京の順天堂大学病院の病室で正子夫人、長男健太郎さん、長女幸恵さんに見守られながら静かに息を引き取ったそうだ。平成8年8月4日(日曜日)午後5時10分のことだと言う。
転移性肺ガンに苦しみぬいた名優の死は、この後、遺志によって8月7日午後まで家族以外誰にも知られることはなかった。
通夜、葬儀、火葬も国民栄誉賞を受賞されたような名優とは思えないほど、家族のものだけで密かにひっそりと行われたのだ。
渥美清(本名 田所康雄さん)は5年も前からガンと闘い続け、最期まで俳優を続けられた・・・ということであろうか。本物のプロの役者とはこういう人を言うのかもしれない。

8月7日午後。私は電車の中にいた。突然携帯が鳴る。電車の中だけにさぞひんしゅくだっただろう。----いぶかしげに携帯を取ると、電話先では「寅さんが死んじゃった」と私に伝える。これが私が渥美さんの死去を知った最初であった。
このショッキング出来事は、現在でもこの時の様子を良く覚えている。暫くすると、電車の中では寅さん死すと書かれた新聞を持った人が大勢乗り込んできた。
電話ではあまり実感が湧かなかったが、いざ新聞を見ると「ああ、渥美さん亡くなっちゃったのか」と少し涙が出そうになった。
8月13日。松竹の大船撮影所でお別れ会が催された。ファンの列は大船駅まで延々3万人が続いたそうだ。
私は「行かなくていいの?」という家族や知り合いの声をよそに、列には並ばずに家でTVを食い入るように眺めていた。7日の時点では「是非行かなくては」と思っていたが、当日になってみると、不思議なことにあまり行く気がおきなかったのだ。
当時、かなりの寅さんファンであった私は、俳優・渥美清の私生活の一部を初めて目の当たりにした。それまで、夫人や息子さんの名前だけは何度か本などで紹介されていたので知ってはいたが、家族の姿を観たのは初めてであったのだ。売れない時代から苦楽を供にしてきた盟友の関啓六(ポンシュウ)さんでさえ、亡くなってはじめて家族と会うことができた・・・と言ったそうだ。それくらいプライバシーを明かさない俳優であった。
長男である健太郎さんの立派な挨拶。この数日間、TVなどで長男が家長として立派に報道陣を仕切っている姿が印象的であった。まだ20代前半の若い年齢で、ここまで立派な挨拶が出来るとは凄いことだし、段取りなどの采配も彼の優秀さを感じさせた。そんなご家族の姿に、渥美さんの家庭像が垣間見えた気がした。

さくら、リリー・・・とお別れの挨拶が続く。皆、「渥美さん」ではなく「寅さん」「お兄ちゃん」「兄さん」と言葉を切り出す。何年か前に亡くなった笠智衆さんが「寅さんに出演するのが楽しみであった」と語っていたそうだが、寅さんを取り巻く一家は本当に家族のような絆があったのだろう。何か俳優・渥美清の死というより「寅さんの死」という感覚が先行する。
「お兄ちゃん」と呼びかける倍賞千恵子さんの挨拶は間の取り方、口調が絶妙で、彼女が一流の女優であることの認識を新たにしつつ、非常に胸を打つものであった。
友人の一人は、この渥美さんのお別れ会が過度の演出があったと少し嘆いていた。彼も寅さんをこよなく愛してやまない人物の一人である。TVで観ていた私にはそれはあまり感じられなかった。ただ、舞台に出てきて寅さん所縁の人々が挨拶する模様は、これが現実か非現実なのか少々困惑したかもしれない。これが、彼の言う「演出」という意味だったのかもしれないな。

この後、寅さんスタッフが全面協力する「東京のごみはつらいよ」のシリーズポスターの新作撮りが話題になった。寅さんを見送るとらやの面々という構図である。
私は、渥美さんの死去から一連の出来事を見ていて、寅さんの終焉というものは存在しなく、寅さんという物語がそのままずっと続いているのだと心から思うようにしている。これは山田監督も願うところなのだろう。
ただ、死去された後の国民栄誉賞受賞や寅さんグッズの氾濫は、個人的にはあまり嬉しくはなかった。
私がファンをしていた時代には、寅さん本すら書店では話題にならず、置いてある本屋もほとんどない状態だった。アジアのチャップリンであるなら国民栄誉賞も生前に与えてほしかった。生前にもっと多くの人に作品を知ってもらいたかった。死して話題になるのは世の常だということは十分承知しているつもりだったが、いざファンがその光景を目の当たりにすると少しブルーになってしまうものらしい・・・(^^;)。

渥美さんの訃報を伝える各紙

【報道の特集】渥美清訃報を伝えた新聞から・・・・

渥美さんの突然の訃報は、8月7日(水)にTVを通じて報道された。時間が遅かったこともあって、当日の夕刊には渥美さんの記事が載ることはなかった(号外は除く)。
翌8日(木)、(スポーツ)新聞各社は渥美さんの死を一面で報じた。

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◇ 各紙一面見出し抜粋 ◇
※ 私が持っている新聞だけ掲載(^^;)
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8月8日 スポーツニッポン
急死!!渥美清さんさよなら”庶民の太陽”
男はつらいよ 寅さん もう帰らない
葛飾柴又から永遠の旅へ
人情と勇気と失恋を教えてくれた27年間
(写真は48作の奄美ロケから リリーと寅次郎の相合傘)

↓↓↓気になる裏面は・・・(^^;)
笑いを涙をありがとう 竜から寅へ国民栄誉賞 を
橋本首相総選挙を意識?
家族を守りぬいた人(黒柳徹子)
(写真は昭和58年1月、鈴木前都知事から都民文化栄誉賞を受賞した時)

※ スポニチ、あなたは偉い!
ちなみに6面を寅さん記事が占める


8月8日 日刊スポーツ
「男はつらいよ」寅さん死んでいた ← ※なんか凄い見出しだな(^^;)
渥美清さん68歳
がん告知5年闘病5作品
(写真は柴又・高木屋、店頭の寅さん等身大パネル 腕に喪章がある)

↓↓↓気になる裏面は・・・(^^;)
メキシコ英雄に重大疑惑チャベス
14億円脱税 麻薬組織関与

※ 脱税はいけませんね(^^;)
5面(全てカラー印刷)が寅さん関連記事


8月8日 デイリースポーツ
渥美清さん 寅 永遠に 帰らず
日本人の心に不滅のシリーズ48作
68歳急死 死に顔見せず天国へ
(写真は48作の長田ロケシーン しゃがんでいる寅さんと山田監督)

↓↓↓気になる裏面は・・・(^^;)
高校野球49代表「主将」アンケート きょう熱戦火ブタ

※ PLが人気?
4面が寅さん関連記事


8月9日 内外タイムス
寅さん(渥美清さん)国民栄誉賞
笑いの巨星の死 橋竜動く
映画「男はつらいよ」の寅さん役で国民から親しまれた・・・資格は十分
役者への道・・・キッカケは警官の一言
(写真は48作、長田(菅原市場)ロケシーンと奄美のリリーと寅)

↓↓↓気になる裏面は・・・(^^;)
飲んだら打つな 自殺行為負け直結

※ 自殺・・な、なんだ?と思ったらパチンコの記事だった(^^;)
2面が寅さん関連記事


8月9日 夕刊フジ(B版)
追悼!!寅さん
渥美清私生活
俳句が趣味、号は風天「股ぐらに巻き込む布団眠れぬ夜」
柴又の顔
(写真は柴又・高木屋の寅さん等身大パネル 腕に喪章)

↓↓↓気になる裏面は・・・(^^;)
高校野球開幕速報
ガルベス NYメッツ 電撃移籍

※ 3面が寅さん関連記事であった


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雑感・・・スポニチの記事がTV作品などのデータ量も豊富、写真満載でページ数も多く秀逸だった。




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