山田洋次の軌跡 by KIYO

「山田洋次の軌跡」連載第6回

第6話「霧の旗」
<概要>
「馬鹿」シリーズの後、山田洋次は数作にわたって試行錯誤の道をたどっていくこととなる。それは必ずしも成功作ばかりであるとはいえないかもしれないが、後の「男はつらいよ」の成功や「家族」以降のシリアス劇では観ることが出来なくなった、もう一つの「山田洋次の世界」である。
今回の「霧の旗」は山田洋次の全作品の中でも異色のサスペンスである。
何故、異色であるのか、ここで考えてみたい。

※注 今回は原作がミステリー小説であるため、かなりのネタについてふれています。ご覧になられていない方はご注意を。

<ストーリー>
熊本から東京に上京して来た柳田桐子(倍賞千恵子)。桐子の兄は高利貸しの老婆殺しの嫌疑をかけられ、投獄されていた。桐子は東京の有名な大塚欽三(滝沢修)弁護士に兄の裁判の弁護を依頼するために上京してきたのだった。
大塚は桐子が弁護料を払えないことを理由に弁護を断る。わずかな望みを絶たれた桐子は、失意のうちに郷里に帰った。
一年後、桐子の兄は一審で死刑を宣告され、控訴中に獄死してしまう。
そのことを知った大塚は、良心の呵責を感じ、密かに資料を取り寄せ、事件を調べることにする。はじめはどう考えても嫌疑を晴らすことが出来そうになかったが、ふとしたことで犯人が左利きであることを知る。この証拠をもってすれば、もしかしたら桐子の兄は無罪を勝ち取ることが出来たかもしれなかった。
桐子は兄の死後、上京し、バーのホステスをしていた。しかし心の中には大塚弁護士への復讐心が拭いがたく残っていた。
大塚は高級料理店の女主人の径子(新珠三千代)とつき合っていた。その径子は大塚と同時に店の給仕頭の健次(川津祐介)ともつき合っていた。
健次は、桐子が勤めるバーのマダムの弟であり、店のホステスの信子とつき合っていたが、径子と関係するようになってからは足が遠のいていた。
信子は桐子に頼み、健次の行動を見張ることになる。健次の後を追うと、ある人通りの少ない街の家に入っていった。桐子が様子をうかがっていると、中から径子が血相を変えて出てきた。家の中で健次が殺されているのだ。この家は径子と健次の隠れ家であったが、状況的には径子に嫌疑がかかるのは当然だ。径子は桐子に無実の証明をしてくれるように頼む。
桐子の復讐心が一気に燃えさかる。
桐子は現場に落ちていた犯人のライターを隠し、代わりに径子の落とした手袋を現場に残してその場を去った。
事件が明るみにでて、径子は容疑者として逮捕される。桐子は検事に対して事件のことは知らないと答える。
大塚は事件の影響で社会的信用を落とすが、桐子に何とか本当の証言をしてくれるよう頼み込む。しかし桐子はがんとして断り続ける。
大塚が何度も桐子に頼み込むうち、桐子は証言をすることとライターを渡すことを承諾する。
約束の夜、桐子のアパートに大塚が尋ねていくと、桐子は話をはぐらかしながら酒を飲ませ、体の関係を結ぶ。
翌日、桐子は検事に、大塚に偽証を強要されあげくに犯された、と手紙を書く。
大塚は弁護士協会の辞職を勧告され、桐子の復讐は達成された。
桐子はライターが二度と見つからないよう、海の底に投げ込むのだった。

<解説のような感想>
原作を読んでから映画を観てみたが、映画はほぼ原作に忠実に作られているし、サスペンス映画としての出来も決して悪くない。
それもそのはずで、山田監督の演出家としての師匠は野村芳太郎であり、「張り込み」は助監督として参加している。(「張り込み」のロケ地の佐賀は後に「男はつらいよ ぼくの伯父さん」と同一ロケ地で撮影してあるらしい)
また、脚本の橋本忍とは共同で「砂の器」の脚本を書いており、両師匠からの影響は、その後あまり見せないとはいえ十二分にあるのだろう。
にもかかわらず、この作品が傑作とは言えないのは、キャラクターに対する感情移入を廃してあるためではないだろうか。
これは原作でもそうだが、桐子がなぜここまで大塚に対する復讐に執着を見せるのか描いていないのだ。いくら兄の弁護を断られたからといって、ここまで執着するものだろうか。
また桐子に救いの手が差し伸べられなかったわけではないが、桐子はそれも拒否し、ただ大塚に復讐を果たすことにのみに執念を燃やすのだ。
今の言葉で言えば「ストーカー映画」とでもいおうか。
資料を調べてみたら、この企画は山田洋次自身によるものらしい。
とすると、前作「馬鹿が戦車でやって来る」と併せて考えるに、このころの山田洋次には、人間に信頼や連帯が完全に崩れたらどうなるか?というのを追求したかったのではなかろうか。
「戦車」のサブも桐子も、他人を信頼できなくなった人間である。それ故に他社からの善意をも拒否し、ただ復讐にのみ燃えていく。山田洋次がしばしば善意の作家とか、文部省選定作品を作る監督などといわれるが、そうではなく無制限に人間を信用しているわけではなくて、一つ歯車が狂えば、人間はどこまでも信用をなくすし、絶望もする。
だからこそ、人間は信頼をしあわなければならないし、そうでなければ人間は人間でなくなっていくのだ、という願いが以後の作品に込められていくのである。
その意味からいって、「霧の旗」は山田洋次がアンチテーゼとして人間不信を描いた作品だと結論づけておこう。

<おまけ>
桐子の下宿のおばさん役で三崎千恵子さんが出ています。
演技はやっぱり「おばちゃん」です。(^^;)

ちょい役で井川比佐志さんも出てます。わかるかな?


次回、第7話「運がよけりゃ」につづく。

97/05/11(日) 23:44 KIYO(YRG02560)


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