
「山田洋次の軌跡」連載第7回
第7話「運が良けりゃ」
<概要>
「男はつらいよ」が古典落語をベースにしていることはよく言われることであるが、山田洋次自身が幼い頃から古典落語に親しみ、血肉としていると事あるごとに明言している。
「運が良けりゃ」はその古典落語を原作とし、また山田監督の作品群の中で(現在のところ)唯一の時代劇でもある。
<ストーリー>
頃は幕末のある年の春。貧乏長屋に住む熊(ハナ肇)と八(犬塚弘)が、今夜も博打に負けて裸で帰ってきた。長屋に住む人々は皆金もなく、柄も悪かったが、心根はいい者達だった。
ある時、熊は金もないのに長屋の男達を引き連れて女郎買いに行き、一晩飲めや歌えの大騒ぎをやらかした。朝になり番頭(藤田まこと)が勘定を取りに来るが、当然金などない。番頭に家まで取りについて来るようにいい、連れ歩く途中に川に突き落として逃げ出してしまう。
夏、熊の美しい妹せい(倍賞千恵子)は長屋に肥汲みに来ている農家の青年と心を通わせていた。
ところがせいの姿を見たとあるお殿様が、せいを側室として迎えたいと、話を持ち込んだ。大騒ぎになる長屋の一同。
しかし、せいの心はうれしくもなかった。
縁談をまとめるため、長屋の大家と熊はお殿様の屋敷に向かう。が、屋敷で熊は酔った勢いで大暴れしてしまい、破談になってしまう。長屋の一同は熊を責めるが、せいだけは熊に感謝していた。
秋、いつも家賃を催促している鬼のような大家が元気がない。長屋の一同が不思議に思っていると、家主の近江屋が家賃を取れない大家を首にするといったからだ。
それを知った熊達は近江屋を懲らしめようと、秋刀魚を一斉に焼き、長屋中を煙で一杯にしてしまう。火事だと大騒ぎになった近江屋のなか、熊達は近江屋の金をくすねてしまう。
大成功だと意気上がる長屋の人々であったが、火消しが来てしまって、予想外の大騒動になってしまい、熊と大家は騒ぎの張本人として牢に入れられてしまった。
冬、熊はまだ帰ってこないが、長屋では二つの心配事が起きていた。
金貸しの老婆が病気で今にも死にそうなことと、駆け落ちした八の嫁が子供をはらんで帰ってきたのだ。
婆はせいに餅を買ってくるよう頼み、その餅に金をくるんで全部飲んで死んでしまった。大騒ぎになったところで熊が帰って来たが、近江屋は婆が死んだので長屋を潰して厩にしようと伝える。怒った熊は婆の亡骸を抱えて近江屋に乗り込み、婆の亡骸を踊らせて、話をなかったことにしろと脅す。近江屋は腰を抜かして承知するのだった。
熊は婆を火葬場で灰にし、その中から金を取り出し長屋のみんなに渡した。
そしてまた春が来て。
せいと農家の青年の祝言が執り行われようとしていた。しかしそこに熊の姿はなかった。せいの嫁入り道具を稼ごうと博打打ちに行ったきり、戻ってないのだ。
熊抜きで祝言が始まった。そんな長屋に博打に負けてスッカラカンになった熊が、ばつが悪そうに帰ってきたのだった。
<解説のような感想>
長屋を柴又、熊を寅次郎にすればほぼストーリーラインは「男はつらいよ」そのものである。いやちがう。「男はつらいよ」が古典落語の熊さん八さんの世界をルーツとしているのだ。山田監督が子供の頃古典落語に親しんでいた事は冒頭に述べたが、おそらく「男はつらいよ」を作り上げるとき意識していなくとも古典落語の世界と繋がっていたに違いない。
これは山田監督のみならず、すべての監督にいえることだが、それぞれの人間には必ず「ルーツ」が存在するのである。皆さんもご自分の好きな監督の作品を順番に観ることをお勧めしたい。多彩な作品を作る監督でも、意外に同じパターンで作っていることを発見できると思う。
さて「運が良けりゃ」だが、ここでも山田監督の「ルーツ」を発見できる。
柄は悪いが本音ではいい人達、そして他人の困っている姿には手を貸さずにはいられない人たち。彼らを押さえつけようとする強突張りな者達。
まさに「三つ子の魂百までも」とはこのことである。
「馬鹿まるだし」は「男はつらいよ」の原型と以前書いたが、「運が良けりゃ」は「男はつらいよ」のルーツであると結論づけておこう。
<おまけ>
さて、この作品は非常に豪華である。山田作品で、ハナ肇と倍賞千恵子の共演は意外にもこの作品が最初である。
その他クレージーキャッツのメンバーはもちろん(植木等と谷啓は出ていない。残念)藤田まこと、渥美清と当時の喜劇スターが大出演である。
大スターの共演を観るだけでも価値ありの作品である。
次回、第8話「なつかしき風来坊」に続く。
97/06/12(木) 23:35 KIYO(YRG02560)