山田洋次の軌跡 by KIYO

<山田洋次の軌跡 第二部>連載第15回

第15話「家 族」
<第二部開始にあたって>
前回「喜劇・一発大必勝」までの14作品を作り終えた後、山田洋次は日本映画史に残る大ヒット作「男はつらいよ」を作り上げる。これにより、山田洋次は松竹を背負って立つ映画監督となるとなったのだ。しかも、年2作の「男はつらいよ」の合間に非シリーズ作品を数年に1作の割合で制作する。「家族」「故郷」「同胞」「幸福の黄色いハンカチ」....。これらの作品は「男はつらいよ」では描けない世界もしくは描ききれないものを描いている。
しかしながら忘れてはいけないのは、これらの作品が成立するためには「男はつらいよ」シリーズが必要不可欠だったという事実である。
これらの非シリーズ作品は、どれも地味な題材である。失礼ながらそのままではとても映画会社に企画が通るものではない。
が、「男はつらいよ」というヒットシリーズを作り続けることで、これらの作品群も制作されるだけの発言権を映画会社に持てるようになったのだ。
その意味に置いてこれらの作品と「男はつらいよ」は作品的にも、興行的にも補完的役割を担っているのである。
今後紹介する作品と同時に、同時期の「男はつらいよ」シリーズ作品を扱うことになると思うが、以上のような事を念頭に置かれて読んでいただきたい。

<概要>
「男はつらいよ」第1作(1969)を制作後、第2作の監督、第3,4作の脚本、第5作の 監督と精力的にこなす合間(本当に合間というものがあったのかと思うほどの過密なスケジュールではあるが)、山田洋次がその作家性を全面開花させた作品が誕生した。そしてこれはその年(1970)のキネマ旬報の第1位を獲得した。
それが「家族」である。

<ストーリー>
1970年春、長崎県の伊王島を離れる一家がいた。家長の風見精一(井川比佐志)、妻の民子(倍賞千恵子)、精一の父源造(笠智衆)、子供の剛と早苗である。島の仲間に見送られながら連絡船に乗る家族。風見一家が目指すのは北海道である。知人からの誘いを受け、長崎での生活に見切りを付けて、北海道で酪農をしようと精一は決めたのだ。長崎から電車を乗り継ぎながら、民子は自分たちも精一についていくことを決心したときのことを思い出していた。旅費がないとわかると、自分に気のある好色なオヤジ(花沢徳衛)から無心することも厭わなかった。
広島県福山市で途中下車した精一たちは、ここで暮らしている弟の力一家を訪ねた。精一は父を力に預かって貰うつもりだったのだ。
力の家に着いた精一たちは、そこに自分たちの考えとのギャップの中で苦しい生活をしている力の姿を見るのだった。家と車のローンで精一杯の力には、とても父を置いておくだけの余裕はなかったのだ。
源造は、精一と一緒に北海道まで行くことを決意する。力は涙ながらに餞別を渡し、精一たちを見送るのだった。
大阪に着いた精一たちは、新幹線の時間まで大阪見物をすることにする。折しも万博でわく大阪には、精一たちの居場所はなかった。それでも、入り口だけでもと子供たちを連れて万博を見物するのだった。
新幹線に乗り、東京に着く頃、早苗の様態が悪くなる。先を急ぎたい精一だったが、民子と源造に説得され、東京で医者に見せることにした。
宿に着くやいなや、医者を捜す。ところがなかなか開いている病院がなく、救急病院に到着したときは虫の息だった。そしてそのまま早苗は帰ってこなかった。放心しながらも、精一と民子は早苗の亡骸を荼毘に付し、遺骨を抱えて東北本線に乗るのだった。
青森から青函連絡船に乗り、函館に着いたときは、そこは雪の残る寒い北海道だった。
ようやく目的地である中標津に着いたときには、精一たちに立ち上がる気力はなかった。
翌日、自分たちが暮らす家を紹介して貰い、晩に歓迎の宴会を近所の人々がやってくれた。精一たちが床につくと、源造は眠るように息を引き取っていた....。
早苗に続き、源造をも失った精一たち、しかし春になればまた新しい生命が生まれることを望みに、ここで生きていこうと誓い合うのだった。
2ヶ月後、北海道にも遅い春が来て、小牛も生まれた。精一たちの生活はこれからだったが、顔には笑顔であふれていた。民子のおなかには新しい生命が宿っていたのだった。

<解説のような感想>
プロットだけを言えば実に簡単な話であるロードムービーなのに、これだけ深い感動を与える作品というのもそれほどないだろう。しかも、各エピソードは実に救いのないストーリー展開をする。次男の苦しい生活、愛娘の死、父の死、そして苦しい旅の末にたどり着いた世界が決して楽な世界でないことは、今でも、当時でもよく知られていることである。
それにも関わらず、この作品に何故これだけ感動させられるのか?
精一たちは時に怒鳴りあい、泣き、無力感を感じながら旅を続ける。それが出来るのは家族であるからである。仮に精一一人で北海道で旅をしても、必ずや挫折するかもしれない。しかし、夫婦、親子であるからこそこれらのことに耐えられるのだ。
この作品が素晴らしいのは、それらのことが感動的なエピソードで綴られる訳ではないところである。ほとんど全編精一夫婦は喧嘩しかしない、しかしていないように見える。でも決して旅を止めようとしない。そこに作り事とは思えない夫婦の姿を見るのである。
話はちょっとずれるが、私も九州の人間だからわかるが、九州人同士の夫婦はたいていああいう喧嘩をするものである。旦那がエキセントリックに泣き言を言おうとも、妻は決して弱音を吐かないのである。まさに「九州の嫁御はつよか」である。
そしてこの作品を支える技術で特筆すべきはカメラである。時に手持ちカメラの長回しで家族の姿を捉え、また時には70年当時の姿をインサートカットで入れ込むことによって、当時の成長期でありながら決して一家の目には幸福には映らない日本の姿を描きこんであるのだ。高羽撮影監督の力量が十二分に発揮された作品といえよう。
「家族」以降、近作の「息子」まで、山田洋次はこの日本の繁栄の陰に取り残されたような家族の姿を追うようになる。それは果てしのない旅をしているようでもある。それが人生である、ともいうように。

次回「故郷」に続く。

P.S. やっぱり第2部になってかなり文章が長くなったなあ....。
   とりあえずつき合って下さいませ。>ALL m(__)m


98/05/03(日) 23:24 KIYO(YRG02560)


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