
<山田洋次の軌跡 第二部>連載第19回
第19話 「遙かなる山の呼び声」
<概要>
「幸福の黄色いハンカチ」から3年、山田洋次は再び高倉健主演の映画を制作する。舞台は再び北海道の雄大な平原、ヒロインは山田洋次作品に欠かせない倍賞千恵子。この作品は日本映画の中でも数少ない「中年の中年による中年のための恋愛映画」となったのだ。
<ストーリー>
まだ春は遠い北海道の根釧原野。風見民子(倍賞千恵子)は息子の武志(吉岡秀隆)を育てながら、小さな牧場を女手一つで切り盛りしていた。そんなときある嵐の夜、民子の家の戸を叩く音がした。おそるおそる戸を開けると、男が一人立っていた。男(高倉健)は一晩宿を貸して欲しいというのだ。何者かもわからないが、民子は物置に泊めてやることにした。
翌朝男は礼を言って去っていった。
それから遅い春がやって来、夏の息吹に草花が目覚めた頃、その男は民子の所へ戻ってきたのだった。そして今度はこの牧場で働かせて欲しい、と民子に頼むのだった。民子は一度泊めただけの男に警戒心を抱きながらも、あの物置に住み込みで働かせることにした。
男は田島耕作と名乗っただけで、身の上を語ろうとしなかった。しかし黙々と仕事をこなして行く姿をじっと見つめる民子。
民子は夫を病気でなくし、夫が残した牧場をなんとかこなしていたが、周囲はいつ民子が牧場を手放すかと噂していた。
そんな民子に言い寄るやくざ者の虻田(ハナ肇)がいた。何かと都合をつけては家に上がり込み近づいていた。民子の悲鳴を聞いて、耕作は虻田を追い返した。
すると虻田は兄弟を連れて、復讐に来た。耕作は民子のいないときに虻田たちを返り討ちにした。すると虻田は強引に耕作と義兄弟の契りを交わし、以後何かと耕作たちの面倒を見るようになったのだった。
そんな頃、福岡から従弟(武田鉄矢)が新婚旅行で民子の元を訪れた。楽しい昔話に花を咲かせ、翌日去っていった。しかし新婚夫婦は民子の姿にふと寂しい一面を見て、涙が出る思いであった。
秋が来て、武志は耕作になついていた。また民子も耕作のことを信頼して仕事を任せるようになった。
耕作の元に兄がやってきた。お互いの身の上を心配しながら兄を駅で見送る耕作。
兄のおみやげのコーヒーを入れていると、民子がやってきた。このまま耕作がいてくれれば武志が喜ぶ、と話す民子。耕作も民子がよければずっといたい、と答えた。
町の草競馬が開催され耕作も出場した。応援する民子と武志。耕作は優勝した。
そんな幸せなひとときに暗い影が差してきた。耕作を訪ねて刑事がやってきたのだ。
耕作は民子に家を出ると話す。突然の話にとまどう民子。実は耕作はかつて人を殺して警察の手を逃げていたのだ。耕作は民子の元をすぐに出ようと思っていたが、ついつい夏の間中いてしまった。だから明日には去るという。
その晩、牛が急病で倒れた。医者(畑正憲)を呼んで手術をしなければならなくなる。一度に襲いかかる不幸に耐えられなくなった民子は、耕作の胸に飛び込みずっとここにいて欲しいと叫ぶのだった。
翌朝、耕作はやはり去ることにした。警察も耕作を犯人だと了解し、パトカーでやってきた。耕作はパトカーに乗って去っていった。
冬になり、耕作の刑も確定した。刑務所へ護送されるため耕作は汽車に乗っていた。その汽車で耕作は虻田と民子に再会した。
虻田と民子は隣の席に座って、刑事にわからないよう耕作の様子をうかがう民子。
虻田は民子と話すふりをして、民子の近況を大声で話した。民子は牧場を手放し、町に出て働いていたのだ。そして耕作の帰りを待っていると。
号泣する耕作と民子。民子はどうしても耕作に語りかけたくて、刑事に断って耕作の手に握らせたのは、“黄色いハンカチ”であった。
<解説のような感想>
山田洋次の卓抜した演出はここで改めて記すまでもないだろうが、今回はこの作品を通して、どのような演出がなされているか検証してみたい。
この作品では誰かが行動を起こしている場合必ず縦構図で誰かがその様子を見ている(もしくはカットバックで見ている人間のリアクションが描かれている)。
そして、行動を起こしているものと見ている者との間の距離で、それぞれの心の距離を表しているのである。
映画の冒頭、宿を借りに来た耕作と、民子の間は非常に距離をとり、食事を差し出す以外は、物置のドアのそばで民子は耕作と会話をしている。映画が進むにつれて、民子と耕作の距離は縮み、お互いが警戒するような仕草は消してしまう。
特に顕著なのは、耕作と武志の距離であり、武志は耕作が虻田兄弟をこてんぱんに倒す姿を見て、耕作にべったりと信頼を寄せて離れようとしないのである。
武志と耕作の心の距離はいわば限りなく0に近づいているのである。その様子を見て、民子もまた耕作との距離を縮めていくのだ。
耕作はそれでも民子と一定の距離をとろうとする。耕作は民子の家の中には決して入ろうとはしない。それが草競馬のあと、民子の方から家の方で寝るように勧めて、ようやく敷居をまたぐ。ここで民子と耕作の心の距離は0に近づく。しかし、すぐに耕作は自分が犯罪者であることを明かし、今度は物理的な距離が二人の間を引き離すのである。
山田洋次が一級の演出家であることはこういったところに表れていると思う。
演出家としての山田洋次は一貫してこの人間と人間の距離(関係)にこだわって作品を作り続けてきたのである。
このように巧みな演出で観客の興味をつなぐ技は、そうそう一朝一夕に体得しうるものではない。もちろん山田洋次の演出家としての能力は卓抜したものであるし、「男はつらいよ」が四半世紀に渡って続いたことがそれを証明してもいる。
しかし、この連載を通して山田作品を観てきて、その演出能力がここまで達成されたのは「男はつらいよ」を含め数十作を作り続けてきたことによるものであることは間違いないだろう。なぜ山田洋次はこれらの作品群を作り続けてこられたのか?
山田洋次がこれまで解説してきた傑作を作り得たのは、まず第一に“大船撮影所”という者の存在があったればこそなのである。
そして、山田洋次が次の作品の題材としたのは、その“大船撮影所”そのものなのである。
次回「キネマの天地」につづく。
98/10/10(土) 22:04 KIYO(YRG02560)