山田洋次の軌跡 by KIYO

<山田洋次の軌跡 第二部>連載第21回

第21話 「ダウンタウンヒーローズ」
<概要>
前作「キネマの天地」に続き、山田洋次は自らの青春期を映像化することにした。早坂暁の原作を元に、旧制中学の最後の一年を描いたこの作品は、青春群像劇として、山田洋次作品としても異色の作品となったのであった。

<ストーリー>
昭和二十三年、松山。松山高等学校でドイツ文学の授業を受けている志麻洪介(中村橋之助)。しかし、洪介の頭の中にあるのは、道ですれ違った女学生房子(薬師丸ひろこ)のことであった。
洪介の周りには、同じ東寮で寝食を共にする学友たち、オンケル(柳葉敏郎)、アルル(尾美としのり)、ガン(杉本哲太)等がいた。
洪介が家庭教師をしている子供の家庭に行くと、あの房子が手伝いに現れた。挨拶する房子に、洪介はどぎまぎとするばかりであった。
ある時、アルルたちが映画を観に街へ出たとき、娼婦の咲子(石田えり)が救いを求めてきた。咲子は松高生を名乗る詐欺師に駆け落ちを言われ、やくざの元を飛び出してきたのだが、男はどこかへ逃げていたのだ。アルルたちは咲子を寮に匿うことにした。
男しかいない寮に、美しい咲子が来たことで、寮生たちは興奮する。興奮を抑えられずに、外へ大騒ぎをしに出るものもいるほどだった。
咲子はアルルに、逃げた男のことを訪ねるが、アルルは本当のことを答えることが出来なかった。
しばらくして、インターハイが行われ学生たちがどんちゃん騒ぎをしている晩、男が詐欺で警察に捕まったことが明るみに出る。しかしそのために咲子が学生寮にいることもばれてしまった。寮生たちは咲子を寮から逃がすのだった。
翌日、やくざが東寮へなぐり込みをかけてきた。寮生たちは果敢に戦い、やくざを追い返すのだった。警察沙汰になるも、学生の自治を主張して、警察の介入も拒むほどであった。
顔に泥を塗られたやくざの親分が仕返しに来るも、咲子の葬式を装い、追い返すことに成功した。こうして、咲子は田舎へ無事帰ることが出来たのだった。
夏休み。洪介はアルルを連れて実家へ帰った。そこで洪介は、アルルが咲子への淡い想いを聞くのだった。
夏休みも終わり、記念祭の季節が来た。東寮の出し物は「理髪師チッターライン」。問題はヒロインのアガーテ役だった。オンケルたちは県立女学校へ依頼に行くが、そこで対応に出た房子を見て、オンケルは房子に是非アガーテをやって欲しいと思うのだ。果たして、電話の返事で、房子はアガーテ役を承諾するのだった。稽古が始まり、記念祭への熱も高まっていった。ところが、ラストシーンで、意見が割れる。悲劇のままで終わらせるか、救いを用意するか。時間がない中、皆の結論は出なかった。
記念祭当日、幕が開いた。観客は沸きに沸き、ついにラストシーンの芝居になる。そこでオンケルが出した結論は悲劇的結末だった。
記念祭が終わってから、オンケルの頭にあるのは房子のことだけだった。授業にも出ず、房子への想いを長い手紙にして洪介に託した。
洪介は房子の家に行き、オンケルの気持ちと手紙を渡す。房子は、洪介が代理出来たことにショックを受け、洪介を追い返した。
洪介はその晩、寮でオンケルと喧嘩をしてしまう。翌朝、オンケルは寮を出たまま帰ってこなかった。しばらくして、退学の意志を手紙で知らせてきた。
残り少ない時間を大学受験につぎ込む洪介たち。洪介は九州大学を受験しに博多へ出た。ひょんなことで博多の街で見た芝居は、あの「理髪師チッターライン」であった。しかもラストは救いのあるラストであった。演出はなんと洪介たちの元から姿を消したオンケルだった。オンケルは大衆のためにはあのラストでなければいけないと主張するのだった。
大学入学も決まり、洪介は最後に房子の家を訪ね、房子と再会する。そこで自分の気持ちを告白するのだった。房子も浩介のことが好きだと答えた。
こうして、洪介たちの青春である旧制高校は終わりを迎えた。

時がたち……、オンケルはその後やくざとの喧嘩で死に、アルルはネパールの無医村の村で医師として働き、洪介はシナリオライターとなった。現代の学生たちの姿を見て、ふと、あの旧友たちのことを振り返るのだった。


<解説のような感想>
冒頭にこの作品を異色作と書いたが、いくつか理由がある。
まずは、主役を軸として洪介たち旧制高校の学生たちを描いた群像劇である点。そして原作と同題でありながら、全く別のテーマとストーリーの作品となっている点である。
前者に関してはあまり多くを語らずとも、これまでの作品群を眺めればおわかりだろう。「同胞」が群像劇として作られた点では近いかもしれないが、それでも主演の寺尾聰と倍賞千恵子に焦点を合わせて物語が進行する。しかし、今回の洪介と房子の物語より、明らかに他の学生たちの行動によって物語が進んでいくのである。それは何故か?
後者に関しても、これまでの作品で原作と映画がこれほどまでにかけ離れた作品は他にない。早坂暁の原作において「ダウンタウンヒーローズ」とは、自分の身の回りにいた人々が雑多な魅力を振りまくのであって、高校生たちのみの物語ではないのである。つまり山田洋次は原作から題名と、キャラクターの名前を借り、ストーリーに関してはほぼオリジナルとしているのである。これは非常に特異なことである。それは何故か?
一つの仮説をここに挙げたい。この作品は「学校0」なのである。
山田洋次の「学校」は1993年に制作されるまで、ずっと企画に上りながら実現せずにいたものである。それまでも何度となく取材をし、脚本を書いても山田洋次の納得できるものは出来上がらなかった。
「ダウンタウンヒーローズ」は山田洋次の青春とその理想的学校を描いているのである。学生同士寝食を共にし、悩み、生き抜いた時代。戦後の混乱期ではあるが、死の恐怖から解放され、占領軍の政策の手が伸びるまでの自由な空気があったわずかな時代。山田洋次にはそれこそがもっとも理想とする「学校」だったのである。しかし、昭和の終わりとなり、世界的にも戦後の政治体制が崩壊し、国内はバブル景気へと向かう時期、山田洋次はまずは自分の理想を描きたかったのだ。
その後、「学校」が1993年に制作されて以後、3作まで「学校」シリーズは作られているが、それが1作で終わらなかったのは、何度描いても自分の理想、原点となる旧制高校のこの時代への理想から離れられないのだ。
「学校0」と書いた0(zero)とは原点(origin)でもある。
原点があるからこそ、次のスタートへと踏み出すことが出来たのである。
これは偶然ではない。山田洋次が己の原点と戻ったこの翌年、昭和は終わり、また次の時代の始まり、原点へと帰ってきたのだ。


<おまけ>
この作品で山田作品に初出演を果たし、その後の山田作品に欠かせない重要な役者がいる。北山雅康である。え?知らない?三平ちゃんですよ。彼の初々しい演技を観られる重要な作品でもあるのだ。
このころからあまり成長していないという言い方もあるが……。


そして、次の時代へと山田洋次はまた初めの一歩を踏み出すのである。

**********「山田洋次の軌跡 第二部 完」**********



次回、「山田洋次の軌跡 第三部 第22話『息子』」へと続く


99/03/22(月) 23:06 KIYO(YRG02560)


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