山田洋次の軌跡 by KIYO

<山田洋次の軌跡 第三部>連載第25回

第25話 「虹をつかむ男」
<概要>
来るべき時はついに訪れた。渥美清の死によって四半世紀続いた「男はつらい よ」シリーズは終焉を迎えた。しかし、山田洋次は松竹の正月映画を作る重責 から開放されたわけではなかった。いや、寅さん亡き後にそれに代わる新しい 作品を創造しなければならないという今まで以上に苦しい作業をこなさなけれ ばならなかったのである。しかも通常の制作期間から極端に短い期間で。 そんな苦しい作業の中から生み出されたのが、この「虹をつかむ男」である。


<ストーリー>
就職試験に失敗し、旅先で働きながら放浪する若者、平山亮(吉岡秀隆)。亮 はある町にたどり着いた。徳島県光町、特に何があるわけではない田舎町であ る。亮はそこで、おんぼろ映画館オデヲン座を見つける。映画館は陽気な映画 館主、白銀活男(西田敏行)通称活ちゃんがいた。活ちゃんの誘いで、オデヲ ン座に居候しながら働くことになる。
活ちゃんは映画に情熱を持ちながら、経営も苦しく、いつ潰れるとも知らぬ映 画館で一人気を吐いていた。活ちゃんには一人思いを寄せる女性がいた。小さ な喫茶店をやっている十成八重子(田中裕子)。幼馴染みで、夫と死別した八 重子のことが気になって仕方がない。
亮はあまりに安い給料とつらい仕事に、オデヲン座を辞めようとしたが、八重 子から説得されて、オデヲン座に残ることにした。
オデヲン座では毎週土曜に“土曜名画劇場”をやっていた。今回は「ニュー・ シネマ・パラダイス」。皆は映画の中の映画館とオデヲン座に重ね合わせ、涙 するのだった。
巡回上映の日、「野菊のごとき君なりき」を公民館で上映しようとしていた。 しかし役所からの指示で、夜遅くまで上映することが禁止される。活ちゃんは 役場の責任者に説明しに行くが、聞く耳を持とうとしない。しかし、上映した 「野菊のごとき君なりき」を見た責任者は涙して、時間のことも忘れてしまっ た。
次の“土曜名画劇場”で、活ちゃんは「かくも長き不在」を上映することを提 案する。観客からは不評だったが、一人八重子だけは身につまされる思いで涙 した。活ちゃんと八重子の心は離れがたくなる。
八重子には再婚話が持ち上がるが、八重子はお見合いを嫌がる。親戚からも活 ちゃんとの仲を詮索され、つらい思いをする。
山奥の小学校の文化祭で、映画上映を行うことになり、活ちゃん一行は八重子 を連れて行った。たった一人の生徒のために「禁じられた遊び」を上映するの だ。そこで、八重子のことを妻と勘違いされるが、八重子は活ちゃんの妻のふ りのまま、皆に挨拶するのだった。
八重子の父が急死する。たった一人の理解者を失った八重子の下に、死んだ夫 の友人が訪ねてくる。
活ちゃんが八重子のところに行くと、八重子は再婚することを告げる。相手は 活ちゃんではなく、先日訪ねてきた夫の友人だという。活ちゃんはおめでとう と言いつつも、意気消沈したのだった。
“土曜名画劇場”のあと、仲間に、オデヲン座を閉館することを告げる。みん なは反対するが、金も気力も失った活ちゃんにはどうしようもない。そこへ映 写技師の常さん(田中邦衛)が自分の貯金を提供する。これでなんとかオデヲ ン座は続けられることになった。
活ちゃんは亮に東京へ帰るよう説得する。そして最後に「男はつらいよ」を一 緒に見るのだった。
亮は東京に戻り、就職活動をやり直し、活ちゃんはまた映画上映に気力を取り 戻してがんばるのだった。


<解説のような感想>
「虹をつかむ男」は、「男はつらいよ」ひいては「男はつらいよ」を上映しつ づけた映画館への鎮魂歌である。
この映画に登場する“オデヲン座”は地方都市であれば少なからず生き残って いる映画館の典型的な姿である。かつての盛況ぶりも見る影もなく、設備は老 朽化し、運営すればするほど赤字だけが残るのは別段珍しくもないことである。
それがいまだ生き残り、運営しつづけているのは、活ちゃんのような志を持つ 映画館主の意地のみ、というのは映画の誇張ではないのである。そしてそのよ うな映画館にとって、確実に「お客の入る映画」としての役割を背負いつづけ たのが「男はつらいよ」なのである。山田洋次はことあるごとに「男はつらい よ」の終焉について、「ずっと作りつづけると思っていた」と語っていたが、 それは山田洋次という一映画作家が背負うには、あまりにも重い役割であった のだ。世界中のどこを探しても、このような役割を背負った人物はいないであ ろう。思った企画が撮れない、という作家はあまたいるが、撮りつづけなけれ ばならない映画監督というのは特異な存在である。黒澤明が生前そのことを称 えていたのも、「撮れない」悔しさと同時に「撮り続けなければならない」重 圧を十二分に知っていたからである。
とはいえ、この作品が描いているとおり、映画館が死滅への道を歩みつつある ことは間違いない。映画のラストで若い青年である亮を故郷へ帰らせてしまう ことから、山田洋次が無自覚に映画賛歌を謳っている訳ではないことを示して いる。
しかも「いい映画を上映すればお客は来てくれる」と語りつづけた活ちゃんが 最後に選ぶのは、ピザチェーン店の店舗増設なのだ。もはや映画だけではなく、 それ以外のサービスを充実させねばお客は来ないことを証明するのである。

閑話休題。この映画が「映画と映画館についての」映画であることから、山田 洋次の映画観をここに見ることが出来る。
「映画は人を感動させる芸術である」「お客が入らなくてもいい映画は存在す る」「いい映画は身につまされるような感じを与える」「地球の裏側で作られ た作品でも我々は感動できる」etc。
素朴ではあるし、物事を斜に構えたがる人間にとって、あまりにもストレート な主張であるが、この真っ当なことを真っ当に語る、というのが山田洋次であ る。だからこそ多くの人々を映画館に向かわせる「男はつらいよ」をはじめと する作品群が出来たのだ。

さて、「男はつらいよ」なきあと、「虹をつかむ男」もまた、お客が映画館に 来るシリーズ作品としての期待をまたも背負うことになった。
そうした期待にこたえるべく撮られたのが、次作「虹をつかむ男 南国奮斗篇」 である。


次回「虹をつかむ男 南国奮斗篇」に続く。

00/03/24(金) 00:06 KIYO(YRG02560)


もくじへ戻るBack to Menu Page 次に進むGo to Next Page
Copyright (C) 1997-2000 - KISHIMA kiyomi & Hiroya Hirai. All Rights Reserved.