寅さんワールド

5-3、「男はつらいよ」主題歌物語

 第1話 『経緯』98/4/23

 第2話 『作詞』98/4/24

 第3話 『口上』98/5/26

 第4話 『テレビ』98/5/26

 第5話 『事件』98/8/10



『男はつらいよ』主題歌物語(1)

■第1話 〜 経緯 〜

 『男はつらいよ』の主題歌が作られるきっかけは意外に古く、フジテレビのドラマ『男はつらいよ』(昭和43年10月3日〜44年3月27日 全26回)の主題歌としてが最初であった。
 そもそもの始りは、TV版のプロデューサである小林俊一が作詞家の星野哲郎へ電話で作詞の依頼をし、後に資料として「愚兄賢妹」というサブタイトルの付いたTV版『男はつらいよ』の企画書を送付したことに始まる。
 この当時、『男はつらいよ』という正式タイトルは決まっていたが、TVの物語は確定していなかった。そこで、小林の依頼は「物語がどんなふうに変っても対応できる歌詞を書いてくれ」というかなりがさつな依頼だったという。
 この突然の依頼に星野哲郎はかなり頭を悩ましたらしい。また、依頼自体も唐突だったらしく、まったく予期していなかったそうだ。
 ―――だが、これには訳があった。
 主人公の俳優・渥美清が当時良く口ずさんだ北島三郎の歌うヒット曲「意地のすじがね」(星野哲郎:作詞/島津伸男:作曲/北島三郎:歌)が星野哲郎の作詞であったのだ。また、この歌詞の中に「つらいもんだぜ男とは♪」という一節があったことと、監督の山田洋次が渥美清を主人公に起用した当時のテレビドラマのタイトルが「男はつらい」(「泣いてたまるか」最終回)であったことで、『男はつらいよ』というタイトルが決定された経緯があったのだ。「じゃあ、作詞は星野先生にお願いしよう」とスタッフ間で決まったのは自然の流れといえるだろう(笑)。

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Copyright by H.Hirai/1998.04.23


『男はつらいよ』主題歌物語(2)

■第2話 〜 作詞 〜

 作詞家・星野哲郎は送られてきた資料にざっと目を通した。『男はつらいよ』のあらすじは「愚兄賢妹」というサブタイトルが表すとおり、賢い妹と愚かな兄をテーマにした人情喜劇であった。しかし、これがなかなか難しいらしく思うような歌詞が浮かばなかったという。
 そこで、星野は主人公・車寅次郎のイメージを膨らませることを仕事の取っ掛かりとして始めることにした。
 当時、主人公を演じる渥美清の世間一般のイメージといったらエーザイ製薬のCFでキャッチコピーとして使われた「丈夫で長持ち」という形容である。このドラマの主人公・フーテンの寅さんはどこかそんな渥美のイメージとダブるところがあった。
 そんなことから二番の歌詞の一節「目方で男が売れるなら♪」や「どぶに落ちても根のある奴は♪」が一番最初に出来たという。最終的な粗書きは三番の歌詞まで出来上がった。昭和43年8月23日という星野が書いた日付が原稿用紙の片隅に今も残っている。しかし、その後何度もレコーディングされることになる主題歌では、何故かこの時書かれた3番の歌詞だけが一度もレコーディングされることはなかった。
 こうして完成した『男はつらいよ』の歌詞は小林を経て作曲家・山本直純の手へと渡される。

   1番 俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ
      わかっちゃいるんだ妹よ
      いつかお前の喜ぶような
      偉い兄貴になりたくて
      奮闘努力の甲斐も無く
      今日も涙の今日も涙の陽が落ちる
      陽が落ちる

   2番 どぶに落ちても根のある奴は
      いつかは蓮の花と咲く
      意地は張っても心の中じゃ
      泣いているんだ兄ちゃんは
      目方で男が売れるなら
      こんな苦労もこんな苦労もかけまいに
      かけまいに

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Copyright by H.Hirai/1998.04.24


『男はつらいよ』主題歌物語(3)

■第3話 〜 口上 〜

 作曲家・山本直純に渡された歌詞は録音スタジオに運ばれた。TV版『男はつらいよ』放送分のための主題歌のレコーディングである。この頃、ポリドールなどと組んで歌手としても名が売れていた主演の渥美清は、プロデューサの小林俊一とともにスタジオ入りしていた。
 星野の指揮のもと、いざ主題歌の演奏に入ると、小林も渥美もイントロが長いのに違和感を感じた。「ここに何か寅さんの言葉でも被せたらどうか」という意見もあって、小林と渥美は作詞家の星野哲郎に内緒で、寅次郎の口上をイントロに被せることに決めた。これは渥美清の即興だったという。

  「生れは葛飾、柴又の帝釈天の産湯で育ち、
     姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」

 この記念すべき最初のレコーディングでは、後の主題歌で頻繁に使われる渥美の「わたくし生れも育ちも葛飾柴又です・・・」という聞きなれた口上とは少々異なるものとなった。
 後に幾つもの書籍などで「私生れも育ちも葛飾柴又です―――というフレーズは『男はつらいよ』の企画を渥美清、山田洋次、小林俊一らと打ち合わせしていた時に渥美が漠然と考え付いた」と語られているが、正確には、この時のレコーディングに使われた少し変った口上が、最初に思い付いた渥美の口上だったのであろう。

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『男はつらいよ』主題歌物語(4)

■第4話 〜 テレビ 〜

 連続TVドラマ『男はつらいよ』は常に視聴率10%台をキープするという好調な滑り出しとなった。視聴率としては当時の水準でも決して”高水準”ではなかったが、夜遅い時間帯で安定した成績という結果が最も評価された。
 当初、スポンサーの日本石油とフジテレビでは1クール(連続13回)のドラマとして放送を予定していたが、結局、好調を理由に全26回のドラマとして放送することに再決定された。
 当初から1クールに短さを感じていた山田洋次は、第8回以降のシナリオを一気に書き上げ、新たな登場人物として寅次郎の腹違いの弟・雄次郎(佐藤蛾次郎)を登場させることとなる。

 物語も佳境に入って来た頃、TV版『男はつらいよ』の主題歌も新たにレコーディングされたらしく、現在確認できる最終回では後に映画にも使われた歌詞とほぼ同じ型となる。主題歌はこのまま映画へと受け継がれてゆくことになる。(らしく・・ってのは、この辺の事情をなんも知らんからネ(^^;))

 〜 TV版『男はつらいよ』最終回の主題歌(昭和44年3月27日放送)〜

      (台詞)
     「私、生れも育ちも葛飾柴又です
      帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎
      人呼んで フーテンの寅と発します」

      俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ
      わかっちゃいるんだ妹よ
      いつかお前の喜ぶような
      偉い兄貴になりたくて
      奮闘努力の甲斐も無く
      今日も涙の今日も涙の陽が落ちる
      陽が落ちる

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『男はつらいよ』主題歌物語(5)

■第5話 〜 事件 〜

1969年に公開された映画『男はつらいよ(第1作)』は大ヒットを記録した。松竹では、当初「テレビドラマの映画化なんてけしからん」という意見もあったが、シリーズ化として第2作以降の製作を大急ぎで進めることに180度意見が変った。第1作が公開されてから僅か一年間だけで5作品ものシリーズを次々に製作するという慌ただしいまでの異常事態にまで発展することになる。

      1969.08.27 『男はつらいよ(1作)』
      1969.11.15 『続・男はつらいよ(2作)』
      1970.01.15 『男はつらいよ・フーテンの寅(3作)』
      1970.02.27 『新・男はつらいよ(4作)』
      1970.08.26 『男はつらいよ・望郷篇(5作)』

この忙しいスケジュールの中、製作関係者の間でささやかな事件が表面化することになる。
それは、『男はつらいよ』シリーズの物語の中心人物である "さくら" と隣の工員 "諏訪博" が結婚してしまったことであった。テレビ版では放送の途中でゴールインした二人の恋の行方は、毎週楽しみに見ている視聴者の人気であった。しかし、映画版では第1作目で簡単に二人が結婚してしまうという結末であったのだ。
『男はつらいよ』という主題歌の唄い出しは「俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ♪」という主人公・車寅次郎が妹さくらに対して宛てた台詞である。
「既に結婚してしまったのだからこの歌詞は明らかにおかしい」と誰もが気にしはじめたのは当然の成り行きだろう。
こうして、TV版で定型化されつつあった主題歌も、既に映画シリーズ第2作から暗礁に乗り上げるのであった(笑)。

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