文中、一部敬称を略させていただきました)

  1947年鹿児島に農家の3男坊として生まれる。1965年、18歳の時、神戸の川崎製鉄に入社、いわゆる金の卵と呼ばれる世代である。1年間のテスト期間中は製鋼部造塊職に所属、昼夜3交代制のハードな造塊作業に従事する。1966年、本採用となり千葉に新設された千葉製鉄所に勤務。“鉄が国家也”の時代のブルーカラー戦士の道を歩むも、“日活スター募集”の新聞広告を見て一念発起!書類による1次審査合格を機に川崎製鉄を退社、日活付属の「日活芸能教室」の第1期生となる。
  森永健次郎監督の青春映画で、日活の準専属俳優としてデビュー。この時の芸名は“久坂龍馬”だった。その由来は維新を見ずして散った幕末の志士、長州の久坂玄瑞、土佐の坂本龍馬からとったものだが、薩摩の偉人の名を使うには流石遠慮があったのか?「日活芸能教室」卒業後は「劇団日活青年劇場」に籍をおき、数々の映画に仕出し(エキストラ)として出演する。後に技闘部に所属、この時の経験が後年生きることになる。
  1968年「あゝひめゆりの塔」においてナパームで吹っ飛ぶスタントが演出部で評判となり、やがて日活専属俳優となる。1969年8月7日のことだった。準専属俳優から専属俳優になった第1号という栄誉に輝いたが、映画は斜陽の時代を迎えつつあり、日活はそれまでのアクション、青春路線から“ロマンポルノ”へと路線を変更しつつあった。前途に暗澹たるものを感じた久坂は、翌年9月“サムライ俳優”となるべく日活を後にし“世界の三船”率いる「三船プロ」に所属、これを機に芸名を“中山剣吾”と改める。
  その頃同プロは沢島忠監督の「新撰組」の準備中だったという。“三十郎剣法”で名高い殺陣師・久世竜の元で殺陣修行に励んだ。70年の稲垣浩監督作品「待ち伏せ」では中山剣吾の名がクレジットで確認できる。なお久世竜氏は、光学撮影技師・中野稔氏の義理の父親であった。この時期の中山はやはり日活時代と同様トンボやふっ飛びなどの危険なスタントに積極的に挑んだという。東宝8.15シリーズの「軍閥」(70年)「沖縄決戦」(71年)「海軍特別年少兵」(72年)などの作品にも火だるまになったり爆発で吹き飛ばされる兵士の役で出演している。
  しかし中山の重大な転機は71年の東宝作品「ゴジラ対へドラ」に“ヘドラ”のスーツアクターとして出演したことであろう。怪獣役と聞いて初めは出演を渋ったものの“俳優としての勘の勉強”と割り切りギャランティの意外な高さもあり“怪獣役はこれ1作”と心に決め出演を承諾する。スーツアクターが一人で演ずる着ぐるみとしては歴代東宝怪獣の中で最重量150キロを誇ったというヘドラの熱演が認められ、続く「ゴジラ対ガイガン」(72年)「ゴジラ対メガロ」(73年)では、宇宙怪獣ガイガンを演ずることになる。“怪獣役者・中山剣吾”堂々の誕生であった。
  本多猪四郎が監督を務めたことで知られる「サンダーマスク」(72年)では技闘を担当、特撮テレビ史上最も複雑な変身ポーズを編み出し、自ら主役のサンダーマスクを演じたこともあった。73年にはピープロで「怪傑ライオン丸」の後番組「風雲ライオン丸」に“タイガージョーJr”役で出演する。中山剣吾時代の他の出演作は大作「天皇の世紀」(71年・第9回“急流”監督・三隅研次)80年には「裸の大将放浪記」(第1作・演出・松本明)カルトコメディドラマ「跳んだカップル」(第1回・演出・牛窪正弘)81年に「連合艦隊」(監督・松林宗恵、特技監督・中野昭慶)などがある。
 “怪獣役者・中山剣吾”最大の転機、それはやはり84年「ゴジラ」であろう。実はこの時は特技監督・中野昭慶の頼みでスーツアクターのコーディネートを担当していた。ところが予定していた役者にNGが出て、責任上やむなく“ゴジラ役”を引き受けたのだと言う。中山この時すでに37歳、“動きに重量感を出したい”という中野監督のこだわりで100キロ以上の重量となった“復活ゴジラ”を堂々と演じ、中島春雄に次ぐ“2代目ゴジラ役者”の称号を得ることになる。またこの作品から芸名をそれまでの中山剣吾から“薩摩剣八郎”と改名する。“薩摩ゴジラ”の誕生である。
  以後、95年の「ゴジラVSデストロイア」まで足かけ11年、7本のゴジラ映画“2代目ゴジラ役者”として出演した。薩摩ゴジラ最後の年が95年、つまり薩摩氏は48歳までゴジラを演じ続けたことになる。中島氏の引退が72年、43歳だったことを考えればこの事実がいかに偉大であるかおわかりにいただけるかと思う。また85年には東宝特撮チームが参加した北朝鮮映画「プルガサリ」にタイトルロールの“プルガサリ”役で出演したことも記憶に高い。
  さて、“ゴジラ役者”引退後の薩摩氏だが、小林悟監督の「セクシーパブ 乳揉み尻さすり」(99年)にゲスト出演したのをきっかけに石井輝男監督の話題作「地獄」に青鬼役で出演、01年の同監督の新作「盲獣VS一寸法師」にも、人形師安川役で出演しているほか、「淫獣大戦キトラ」「時空警察ヴェッカー」等のオリジナル特撮ビデオに出演している。また各種の講演やカルチャースクール「健康チャンバラ塾」を開催するなど精力的な活動を続けている。

著書に「ゴジラが見た北朝鮮」(ネスコ、文芸春秋)や「ゴジラのなかみ」(筑摩書房)「ゴジラついに大往生」(近代文芸社)などがある。