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『行旅死亡人』井土紀州監督インタビュー

井土紀州監督写真 ジャーナリストを目指す滝川ミサキのもとにかかってきた1本の電話。それは“滝川ミサキ”が急病で倒れたという報せだった。ミサキの知らないところでミサキとして生きてきた人間がいる……。身元を明らかにしないまま死んでいった女の過去を追い始めたミサキが知ることになる、壮絶な真実とは?
 脚本家としても知られる井土紀州監督は、いまから約10年前、新聞に掲載されたある記事に目を留めました。15年間にわたり他人の名前を名乗って生活し、事故死した身元不明の人物を扱った記事。その人生に興味を抱いた井土監督は、日本ジャーナリスト専門学校が初めて製作する長編映画の監督依頼を受けた際、その事件を題材に選ぶことを決意しました。そして誕生した映画が『行旅死亡人』(こうりょしぼうにん)です。
 往年の日本映画を彷彿とさせるような重厚なミステリー作品として完成した『行旅死亡人』は、井土監督が日本ジャーナリスト専門学校でシナリオの講師として講義で実践してきたシナリオの分析を深く反映させた作品ともなっています。
 身元を隠した人生への興味、そしてシナリオの分析。『行旅死亡人』を生み出した背景に迫ってみました。

井土紀州(いづち・きしゅう)監督プロフィール

1968年生まれ、三重県出身。法政大学在学中から自主映画を制作。1994年に瀬々敬久監督のピンク映画の脚本を執筆したのをきっかけに脚本家としての活動を開始する。脚本家として商業作品に携わる一方で、映画製作集団スピリチュアル・ムービーズを結成し自主映画の制作を続ける。
脚本家としての作品に、『雷魚』(1997年)『HYSTERIC』(2000年)『MOON CHILD』(2003年)『刺青 〜堕ちた女郎蜘蛛〜』(2007年)(以上、瀬々敬久監督)、『YUMENO ユメノ』(2005年/鎌田義孝監督)、『ニセ札』(2009年/木村祐一監督)など。監督作品に『第一アパート』(1992年)『百年の絶唱』(1998年)『ラザロ -LAZARUS-』3部作(2007年)、ドキュメンタリー作品『ヴェンダースの友人』(2000年) 『LEFT ALONE 1』『LEFT ALONE 2』(2005年)がある。

「人間の存在そのものがミステリーになっているところに惹かれた」

―― 『行旅死亡人』は、実際の新聞記事がもととなって作られたということですが?

井土:そうなんです。ぼくはもともと脚本家として1990年代の半ばくらいからキャリアをスタートさせたんですが、そのころ一緒にやっていた監督が最近は『感染列島』(2009年)を撮ったりしている瀬々敬久監督なんです。その当時に瀬々監督といろいろな映画の企画を考えていて、いろんな犯罪とか事件を調べていたので、当時からいまに至るまで、気になる事件の記事をスクラップしているんですよ。それで今回、日本ジャーナリスト専門学校(以下“ジャナ専”)さんから「ジャーナリスト志望の女の子を主人公した映画ができないか」というお話をいただいて、スクラップをたぐっていたらその記事(※1)を見つけて「これはいけるんじゃないか」と思ったというのが大体の経緯ですね。

―― 記事をスクラップした10年前と、そして今回と、その記事に目を留めた理由というのはなんだったのでしょう?

井土: “「もうひとりの私」が死んだ”という見出しの強さですね。それだけですごく目を引きますし、訴求力があります。15年間も自分の名前を騙って別の場所で生きていた人間がいて、しかも最終的にその人の出所来歴はわからない。その空白というか謎にすごく惹かれました。この事件の少し前にも似たような事件があって、それも参考にしているんです。それは「私の夫は誰なんでしょう?」という事件で、内縁の夫だった人が亡くなったら、その人が職場だと言っていたところや、なにもかも全部ウソで、やはり何者かわからないという事件なんです。やはり、ミステリーって誰しも興味を惹かれる形式ですよね。そのミステリーというものが、犯人は誰だとかアリバイはなんだとかということではなくて、人間の存在そのものがミステリーになっているところにすごく惹かれたんです。

―― その記事から得たアイディアを、どのように映画として発展させていったのでしょうか?

『行旅死亡人』スチール

『行旅死亡人』より。自分の名前を捨てた女の過去を追って物語の舞台は長野県小諸に

井土:他人の名前を騙っていた女の人生はどういうものだったのかを探っていくということがひとつですよね。死から遡って、なんで自分の名前を捨てなければならなかったのか。「ひとつの人生を結果から遡っていく」という形式がありますよね、たとえば『市民ケーン』(1941年・米/オーソン・ウェルズ監督)のような。それも好きな形式だったので、そういうものをやりたいと思ったんですけど、なにぶん予算が少ないということもありまして(笑)、その女の過去をフィクションとして作ろうとしたときに、最初に考えていた設定は難しいという感じになってきたんですね。そこで、ジャナ専の関係者で長野の小諸に別荘を持っている方がいて、そこを借りられるんじゃないかという話になったので、まず場所ありきでシナリオに反映してみようと。長野の小諸という場所の風土だったり戦後史だったり、そういうものが彼女の人生にリンクするような感じで作ることにしました。

―― 最初の設定というのはどんなものだったのでしょう?

井土:これはね、荒唐無稽なところがあるんです。ある鉱山の集落で、ゴーストタウンになっている場所があって、そこで撮りたいというのがあったんです。消えてしまった町と彼女の出自が重なるようなかたちで。彼女は超能力者で、その力が関係する形でひとつの町がなくなって、彼女自身は名前を変えて生きていかざるを得なくなったというような設定を考えていたんです。ただ、それはスケールもなにも含めて無理だと(笑)。最近は荒唐無稽なことやエンターテイメントを自分なりにどう実現するかってことを考えていたので、そういうネタになったところもあったんです。実は、超能力というのはぼくにとってすごく惹かれるテーマではあるんです。

―― 最初の設定ですと、完成した作品とは映画のタイプとしてかなり違ったものになりそうですね。

井土:全然違ったと思いますね。それが、長野を舞台として考えていく中で「これはひとつのラブストーリーじゃないかな、メロドラマじゃないかな」という気がしてきたんですよ。真相を探っていくと、壮絶で、なおかつ信じがたいようなメロドラマが立ち上がっていくような感じになってきたんですけど、それは自分の思考とか、実際の製作の状況とかで、もうジグザグに進んでいったんです。

―― 主人公がジャーナリスト志望の女の子というのはジャナ専からの要望だったということですが、それ以外にジャナ専製作ということで意識されたことはあったのでしょうか?

井土:ジャナ専からの要望は、この近辺のロケーションを使ってほしいということくらいで、そんなになかったんですよ。だから大して意識したことはないんですけど、ぼく自身が主人公の女の子たちのキャラクターを、ぼくがこの学校で講師をやる中で出会ってきた女の子たちに近づけてみたかったんです。この人がモデルというはっきりした人がいるわけではないですけど、なんとなく言葉遣いとか掛け合いであったりを実際の学生たちを参考にしてみました。

  • ※1:1998年4月6日の朝日新聞に“「もうひとりの私」が死んだ”という見出しで、15年間にわたり実在する他人の名前を名乗って生活し、交通事故で死亡した男性の記事が掲載された。周囲の人々が手を尽くしたにもかかわらず、死亡した男性の身元は不明のままだった

「大メロドラマに入っていくのを、いまのリアルな女の子が探っていくのがひとつのテーマ」

―― 主人公たちのキャラクターのお話が出たところで、それを演じられたキャストの方々についておうかがいしたいのですが、主人公のミサキを演じた藤堂海さんはどのようにして決まったのでしょうか?

井土:『行旅死亡人』の製作に入る前に『ラザロ -LAZARUS-』(以下『ラザロ』)という映画を公開していまして、ちょうど『ラザロ』の上映をやっている時期にこの企画が動き出したんですね。なので『ラザロ』を上映している劇場にオーディションの告知のチラシを置いたり、インターネットで呼びかけたりして、それでオーディションに応募してきた人ですね。オーディションで会ったときには顔が個性的だと思いましたね。こういう言い方は失礼かもしれないけど、面白い顔をしているなあと(笑)。

―― ミサキは映画の主人公としてちょっと面白いタイプの人物だと思ったのですが、ミサキの役作りについて特に監督から藤堂さんにお話されたことというのはあるのでしょうか?

井土:正直に言うと、ミサキのキャラについてはちょっと迷ったんです。相棒のアスカは、わりとドライな今風の子で、やさぐれているような女の子というキャラが決まっていたんです。それで、ミサキという子はもう少し真面目にするのか、でもクソ真面目だと面白くないし、知的な感じにして妙に探偵探偵してる子になっても嫌だなあという感じもあったんです。それで、そんなに事前のリハーサルもできなかったんですけど、藤堂さんと話しながら、アスカとのバランスの中で、ちょっとヤンチャでもあるけれどちゃんとなにかを考えてもいるようなキャラにしたいということで、ああいうキャラにしていったということですね。

『行旅死亡人』スチール

『行旅死亡人』より。藤堂海さんが演じる主人公・ミサキ

―― いま、お話をうかがって思ったのが、映画を観る前には“ジャーナリスト志望の女の子”という設定から、もうちょっと気張っている人物をイメージしてたんですね。それが、割と普通の女の子なのが面白かったのかなと思いました。

井土:なるほど。それはね、この学校の女の子が大体そうなんですよね(笑)。中には違ったタイプの子もいたかもしれないけど、あんまり印象に残っていないですね(笑)。

―― 次に、ミサキの友人のアスカ役の阿久沢麗加さんは『ラザロ』をご覧になって映画に出ようと思ったということですが?

井土:そうですね、なんか『ラザロ』を観て興奮してオーディションに応募してきた子ですね。オーディションをやったら満場一致でしたね。見た瞬間に「ああ、こいつはアスカだ!」って(笑)。まったく素人で、普段は映画館でモギリをやっている子なんですけど、意外に度胸もあるし、芝居も自然ですしね。

―― 満場一致でアスカ役に決まったという、その決め手となったのはどんなところだったのでしょう?

井土:なんなんでしょうね、セリフ回しから立ち居振る舞いから、スポッとハマったんでしょうね。もちろん素人で、いわゆる肉体的な訓練は受けていないから、体は動かないんですよ。でも、セリフ回しがリアルだった。『行旅死亡人』のテーマ自体が、ある種の現代性はあるにしても、大メロドラマに入っていく映画としては、いまのリアルな女の子がそれを探っていくというのがひとつのテーマだったんで「この子は主役ではないかもしれないけど、この子が相棒でいてくれると映画としては暗くならないかな」ということですね。映画がこういう展開だと湿りがちになりますよね。だから、ドライで弾けた感じの女の子がいるとシリアスになり過ぎないし、それはぼくの好みかもしれないですけど、そこに彼女がうまくハマったんですかね。

―― 主人公たちと並んで重要な役に長宗我部陽子さんを起用されていますが、長宗我部さんはどのような経緯で?

井土:ぼくは瀬々監督と1990年代の半ばからピンク映画をやりだして、ちょうど長宗我部さんも今岡信治(現・いまおかしんじ)監督の初期の映画に出ていて、同期くらいなんですね。あの当時はピンクが盛り上がったじゃないですか。ヌーヴェルヴァーグと言われたり“ピンク四天王”とか(※2)。そういう盛り上がりの中にぼくらもいて、いろいろ特集上映も多くて、ゲストとしてそういう場で顔をあわせることが多かったんです。それが2000年代に入ると状況は拡散していくわけですね。それで、会う機会もなくなっていくんですけど、長宗我部さんはぼくが一番最初に撮った『百年の絶唱』(1998年)という作品をすごく気に入ってくれていたらしいんですね。それで2007年に『ラザロ』が公開されたときに町でポスターを見かけて「井土さんまた撮ったんだ」と観にきてくれたんですよ。ちょうどその日は青山真治監督とトークショーがあった日で、彼女はそのまま打ち上げにも来て、呑みながら「あれから10年くらいですね」とお互いの近況を話しあったんです。話しているうちに「『行旅死亡人』の謎の女に長宗我部はいいんじゃないか」という直感があったんです。その時点では全然キャスティングも決まっていなかったんで、プロデューサーの吉岡(文平)とも話して「いいんじゃないか」ということで、彼女に台本を読んでもらったら「ぜひやりたい」という話でポンと決まったんです。だからこれも『ラザロ』が縁なんですけど、なんか不思議な縁ですよね。ポーンとインスピレーションが来たというか、彼女の持っている“なにか”でしょうね。

―― 韮崎役のたなかがんさんも、かなり印象に残りました。

井土:韮崎という役はある種、スーパーサブ的に出てくるキャラです。かつてのいわゆる社会派ミステリーでは、渥美清だったり、丹波哲郎だったり、伴淳三郎といった人たちが刑事や探偵のポジションで出ていて、韮崎というのはそういうポジションですから、その役割を背負える人で、なおかつこの自主映画レベルの低予算で出てもらえる年齢の高い役者さんというと、なかなかいないんですよね。それで、ぼくはできることなら「この人はいままで映画に出ていないんじゃないか」というような新しい人とやりたいと思っているので、これも『ラザロ』の縁なんですけど、『ラザロ -LAZARUS-「朝日のあたる家」篇』に出ていた小田篤さん(※『行旅死亡人』にも出演)が演劇をやっているので、その演劇関係のルートから紹介していただいたんですよ。ホン読みをやったときにバッチリだと思いました。あのセリフ回しとリズムです。「俺の書いているホンのリズムってこれなんだよ」って。ちゃんとフィクションが立ち上がってくるって感じで、若い子にもこれくらいのリズム感を持って、生き生きとしているんだけどパキっと芝居も立つような演出ってできないかな、と思いながらやった次第ですね。そのくらい、がんさんはよかったですね。勉強になりました。

  • ※2:1980年代後半にピンク映画界にデビューした佐藤寿保、サトウトシキ、瀬々敬久、佐野和宏の4監督は、異彩を放つ作風で“ピンク四天王”と呼ばれ、従来のピンク映画の枠を越えて評価された。1996年には福間健二氏によるピンク四天王の研究書「ピンク・ヌーヴェルヴァーグ」が出版されている

「薄めたものではなくて、生のままを出したい」

―― プレス資料を拝見すると、この作品を作るにあたってかなりかつてのミステリー映画の分析をされたそうですね。

井土:とりわけこの映画のためにというわけではないんです。学校でシナリオというものを教えるようになったんですが、ほんとはシナリオなんて教えられるものではない(笑)。基礎的なことは教えられるんですけど、じゃあなにを教えればいいのかなと考えたときに、自分が感銘を受けたり、シナリオとして読んだときに「すごいな」って思ったものを学生に読ませて、その上でぼくが「こうなっているんだよ」という、まあ解剖学ですよね。シナリオを構造分析したり、セリフを分析したり、できた映画と比較したりして「シナリオというのはこういうものなんだ」と講義するようになったんです。それはミステリーだけではなくて、たとえば田村孟が書いた大島渚監督の『少年』(1969年)や、橋本忍の『切腹』(1962年/小林正樹監督)なんかを取り上げていた。橋本忍さんは『砂の器』(1974年/野村芳太郎監督)や『ゼロの焦点』(1961年/野村芳太郎監督)とか、松本清張原作のものはいっぱい書いていらっしゃいますよね。だから、学生たちとシナリオというものを共有するために講義の中でやってきたというのが実際なんですよ。それが『行旅死亡人』をやる上ですごく参考になったんです。もちろん、『行旅死亡人』のシナリオを作るために講義でやったものをもう1回再分析はしましたけど。

―― 作品を拝見して、重厚な作品になっていると感じたのですが、その重厚さを出すために意識されたことというのは?

井土紀州監督写真

井土:どうなんでしょうねえ……それは逆におうかがいしたいですね(笑)。それは狙って出せるものなのかわからないです。ただ、それが重厚ということに繋がるのかはわからないですけど、ひとつには歴史とか堆積した時間を描きたいという思いはあります。映画の時間ってやっぱり100分とか2時間くらいで、それしか経験できないんだけど、ぼくの好きな映画というのは、その100分の中に、人の一生だったり、あるいは100年だったりという時間が感じられたりするものなんです。それはもちろん映画だけではなくて優れた文学とかもそうだと思うんですけど、とりわけ映画というのは、時間を扱う表現だから、人生みたいなものを見せることができる。それをドスっと見せられたときに打ちのめされるというか、感動しますし、そういうものをやりたいなという気持ちはすごくありますね。

―― 『行旅死亡人』は“ミステリーの王道”という表現は正しくないかもしれませんが、構造としては、たとえばテレビで毎週やっているサスペンスもののドラマとすごく違ったことをやっているわけではないと思うんです。でもテレビサスペンスとは明らかに違った重さがあって、その違いはどこから生まれるのだろうって思ったんです。

井土:なるほど。それってすごく難しいんですよね。もう1回さっきのシナリオの分析の話に戻ると、やっぱり50年代とか60年代に撮られた、松本清張や水上勉に代表されるような人たちの小説を原作とする映画が2時間サスペンスの元になっていて、2時間サスペンスはそこからおいしいとこ取りをしているんだと思うんです。いまはほとんどギャグのようになっているけど、よくある“断崖絶壁に刑事たちが犯人を追いつめる”というのは、『ゼロの焦点』の能登金剛の断崖絶壁が元ですよね。そういう祖形がもはやわからないくらいに濫用されている。かつてのミステリー映画を参照しながらも、テレビは放送コードの関係などから、それを薄めなければいけないわけですよね。ハード過ぎても重過ぎてもいけないんでしょうし。でも、50年代、60年代のミステリーというのは“生(き)のまま”っていうんですかね、ウイスキーでもジンでもいいんですけど、アルコールを生のままグッと飲まされるような、ガーっと胸が熱くなるようなものなんです。いわゆるテレビの2時間サスペンスというのはそれを水割りにして飲みやすくしてるということなんですよ。しかし、ぼくは、映画である以上、生のままのものを出したい。もともとあるものを薄めずにガッと掴んで自分のものにする、それは50年代、60年代のミステリー映画の分析を通じて考えたことでした。作る上でもそれは意識しました。

―― 奇しくも『ゼロの焦点』のリメイク版が公開されたり、松本清張生誕100年の特集上映が開催されたりする時期に『行旅死亡人』も公開となりましたね。

井土:奇妙な縁ですね(笑)。ぼくもほんとに清張の初期の作品、主に短編や中編は好きですし、ぼくは映画から入ったわけですけど、やっぱり原作ということで確実に清張からの影響を受けていますから。そういう作品の流れの中で自分の作品が観てもらえると嬉しいです。

―― 最後に『行旅死亡人』をご覧になる方へメッセージをお願いします。

井土:実際の事件をもとにしていることもあるから、みんなリアリティで観ようとするところがあるかと思うんですけど、ぼくとしては、入口はリアルでも、どこかでフィクション性の高いところに連れていきたいと思って作った映画なんです。だから、物語を楽しんでもらえれば思います。

(2009年10月29日/日本ジャーナリスト専門学校にて収録)

作品スチール

行旅死亡人

  • 監督:井土紀州
  • 出演:藤堂海 阿久沢麗加 長宗我部陽子 ほか

2009年11月7日(土)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー

『行旅死亡人』の詳しい作品情報はこちら!

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