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『信さん・炭坑町のセレナーデ』平山秀幸監督インタビュー

平山秀幸監督写真 昭和38年(1963年)、離婚した美智代は小学生の息子・守を連れて東京から故郷である九州の小さな島に戻ってきた。炭坑に支えられた小さな島で、人々は貧しくもたくましく生きていた。その島で守は少し年上の少年・信一と知り合う。信一は、自分を「信さん」と呼び優しく接する美智代に淡い想いを抱く。だが、炭坑の町にも時代が移りゆく足音が近づいていた。やがてその足音は、信さんの人生を大きく変えていくこととなる……。
 『信さん・炭坑町のセレナーデ』は、昭和30年代から40年代にかけての九州の炭坑町を舞台とした物語。国内外で高く評価された『愛を乞うひと』など、人間ドラマに定評のある名匠・平山秀幸監督が、初めて自身の故郷・福岡県で撮影した作品となっています。
 ロケをおこなうだけでなく、エキストラや子役も地元で募集するなど、地元の全面協力を得て製作された『信さん・炭坑町のセレナーデ』は、地域に密着するという現在の日本映画のひとつのあり方を示しています。待望の全国公開を前に、平山監督に地元での映画作り、そして「時代を描く」ということについてお話をうかがってみました。

平山秀幸(ひらやま・ひでゆき)監督プロフィール

1950年生まれ、福岡県出身。大学卒業後、多くの作品に助監督として携わり、1990年『マリアの胃袋』で監督デビュー。1992年公開の『ザ・中学教師』で日本映画監督協会新人賞を受賞した。1995年に公開された『学校の怪談』はパート4まで製作される人気シリーズとなった(1、2、4を監督)。1998年の『愛を乞うひと』でモントリオール世界映画祭国際批評家連盟賞を受賞するなど、国内外で高い評価を受ける。以降も『ターン』(2001年)、『魔界転生』(2003年)、『レディ・ジョーカー』(2004年)、『しゃべれども しゃべれども』(2007年)、『必死剣 鳥刺し』(2010年)など、現代劇から時代劇まで幅広いジャンルの作品を手がける。『太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−』が2011年2月公開予定。

「自分のアルバムをめくるだけの映画にはしたくなかった」

 平山秀幸監督は1950年生まれ。『信さん・炭坑町のセレナーデ』に登場する少年・守や信一たちとほぼ同じ世代です。故郷を舞台に、自らと同じ世代の子供たちを描くのは特別な想いも強かったのではないかと思いますが、監督自身はむしろ「なんか照れます (笑)」と言います。
「地元に帰れば、親も含めていろんな人から“あのころは……”という話をされるのはわかるわけですよ(笑)。だから、なるべく自分のアルバムをめくるだけのような映画にはならないように気をつけました」

 九州各地に残る昭和の面影を残す風景や、時代を感じさせる衣裳や美術などにより、映画の中では見事に昭和30年代から40年代にかけての雰囲気が作り出されています。その中で演技をする俳優陣、特に若い世代の俳優たちには、監督はどのように時代の空気を求めたのでしょうか?
「言って聞かせるものではないと思っていたんです。たとえば“実際はこうだったんだよ”と言って当時の写真を見せてあげたとしても、それぞれの受け取り方でいいと。基本的に“昭和38年の芝居”になにか決まりがあるわけではないので、それよりも、なにも知らない子供たちを素直にあの風景の中に置いたほうが、はるかにリアルに見えると思いました」

『信さん・炭坑町のセレナーデ』スチール

『信さん・炭坑町のセレナーデ』より。美智代(演:小雪)が息子の守(演:中村大地)を連れて故郷の島へ戻ってくるところから物語は始まる

 映画で描かれているのは、昭和38年と、それから7年後の昭和45年というふたつの時代。守を中村大地さんと池松壮亮さん、信さんを小林廉さんと石田卓也さんというように、子役と若手俳優陣が同じ役のふたつの年代を演じています。同じ人物らしさを出すために監督から特別な指示はあったのでしょうか?
「してないです。映画だと“7年経ちました”と言って別の人が出てきて、それはしかたのないことなんですが、若いときになにか癖があるとして、その癖を次の世代を演じる人にも与えたとしても、それはきっと付け焼刃でしかないでしょう」
 子供時代と成長した姿が「同じ人物だと見てもらえれば幸運で(笑)、そこであまりどうこうしようということはなかったんです」という平山監督。守の友人である英男(ヨンナム)役のふたりについて、笑いながら次のように話してくれました。 「ヨンナムの子役と柄本時生っていうのは、ほんとに同一人物に見えるんですよ。あれはほんとに偶然だし、最初にキャスティングして柄本時生さんを選んで、子供はあとから決まりましたから。上がった作品を観てびっくりしました」
 意外にも、子役たちも成長してからの姿を演じた俳優たちも、お互いの演技はじっくり見ていないそうです。
「衣裳合わせのときとかに“君の少年時代だよ”とか“君が大きくなったらこうだよ”みたいなことがあったくらいかな。そこは、小雪さん(美智代役)という中心になる人を置くことで、両方のバランスが取れていればいいと思っていました。一役二人というのはそういうことなんですね。ぼくは前からそれが少し疑問だったので『愛を乞うひと』(1998年)のときに、特殊メイクを使って若いときから年老いた姿まで同じ原田美枝子さんにやってもらったんです。あれは特別でした。ご覧になった方によって判断はいろいろあると思うんです。いろいろなことを観てもらうのが映画だろうという気がしますね。“全部クエスチョンです”って言われたらシュンとするしかないですけども(笑)」

 映画の中で時代を感じさせるアイテムのひとつとして「鉄人28号」が登場しています。守役の池松壮亮さんは以前に実写版『鉄人28号』(2005年/冨樫森監督)に主演しているという縁がありますが、さすがにそれを意識して「鉄人」を登場させたのではないそうです(笑)。
「あれは、最初は『ゴジラ』だったんですよ。ゴジラの映画を観にいって子供が興奮しているというシーンがあったんですが、ゴジラを使うことはできなくて、それで変更したんですけど。あれを「鉄腕アトム」ではなくて「鉄人28号」にするというのは、(脚本の)鄭(義信)さんらしいなと思いましたね。あのシーンでひとつ思うことがあるとすれば、テレビの画面が必要だったかな、ということ。ぼくらは最初からわかっているから子供がチョークで落書きしているだけで“鉄人だ”ってわかるんだけど、いまの人はわからない。あとになってから思うんですが(笑)」

「リアルのようでリアルではないみたいな、不思議な感じだと思います」

 これまで『学校の怪談』シリーズなど、子供の世界を描いた作品も多く手がけている平山監督。『信さん・炭坑町のセレナーデ』では、小雪さんが演じる美智代を媒介として、子供の世界と大人の世界がひと続きの世界として描かれているという印象があります。
「たしかに、大人の時代と子供の時代というのはありますね。雪の中で信さんが新聞配達をするまでが前半の子供の部分、そのあとが大人の部分。ただ、大人の側から見た子供時代という回顧の図式にはしたくなかったんです。その間でかすがいになっているのが美智代なんです。ぼくはこの映画をあまり美智代の恋愛ドラマというふうには捉えていなくて、美智代と信さんという軸を真ん中にした集団劇という感じがするんですよね」

平山秀幸監督写真

 映画のひとつの軸となるのが、信さんが美智代に向ける想い。親子に近いほどの年齢差がありつつも、その感情が特別なものではなく、ごく自然に描かれているのは印象に強く残る部分です。
「“年下が年上に恋する”というのは、映画でも小説でも王道じゃないですか。そういう中で、美智代のような、あれほど綺麗だったり、シャンとした女性というのはいなかったので、ある種ファンタジーの存在だという気はいまでもしているんです。そのファンタジーに一生懸命になる少年・信さん、みたいなことかもしれません。だから大人になったときにふたりが恋人にみたいな方向には絶対に行かないんですね。でもやっぱり、原作もそうですし、鄭さんと脚本を作っていく中でそうじゃない別のところをやろうとしたのはたしか。だからものすごく奇麗事と言われるかもしれないし、リアルのようでリアルではないみたいな、不思議な感じだと思います」

 映画の舞台を九州の実在の場所ではなく、架空の島としているのも、その“リアルのようでリアルでない”部分を表現するためなのでしょうか?
「ひとつは、現実的に九州本土には撮影に使える炭坑施設がないんです。そこで、たまたま見つけた池島(長崎県)に、海外から来た採炭技術者が実際にシミュレーションする坑道があったんです。映画の中でみんなが坑道の中にずーっと入っていったじゃないですか。あれは奥まで行くと海の下の2キロ先まで続いているんです。もうひとつ、設定を島にすると“帰ってきました、出ていきます”という見え方がわかりやすいんですよね」

 地元の全面協力のもとで撮影され、全国公開に先駆けて九州で公開され好評を博している『信さん・炭坑町のセレナーデ』。ここ数年、同じように地域に密着したかたちで多くの作品が作られています。最後の質問として、そんな地域密着型の製作体制について平山監督にうかがってみました。
「これからもっと増えるんじゃないですかね。『必死剣 鳥刺し』(2010年)で山形に行って撮影したときに、ちょうど『おくりびと』(滝田洋二郎監督/2008年)がアカデミー賞をとったすぐあとだったので(※1)、街中が“おめでとう、おめでとう”とすごかったですよ。山形で撮ったということで地元の熱の入れ方が半端じゃないなと(※2)。そういう“いい流れ”みたいなものができていると思うんです。いつもうまく行くばかりではないと思いますけど、その流れが上手に続いていけばいいなと思います」

 故郷での映画作りについて「福岡が舞台だからと言って、福岡だけで評判よくても意味がないなとは思っていました」という平山監督。『信さん・炭坑町のセレナーデ』は、地方から全国へという日本映画の“流れ”の中で大きな意味を持つ作品となるに違いありません。

  • ※1:『おくりびと』は2009年2月発表の第81回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞。日本映画の同賞受賞は初となる
  • ※2:山形県には『蝉しぐれ』(2005年/黒土三男監督)の撮影をきっかけに“庄内映画村”が設立され、山形県での映画製作を支援している。『おくりびと』も『必死剣 鳥刺し』もともに庄内映画村の支援作品

(2010年10月4日/ゴールドラッシュ・ピクチャーズにて収録)

作品スチール

信さん・炭坑町のセレナーデ

  • 監督:平山秀幸
  • 出演:小雪 池松壮亮 石田卓也 光石研 中尾ミエ 岸部一徳 大竹しのぶ ほか

2010年11月27日(土)より新宿ミラノほかロードショー

『信さん・炭坑町のセレナーデ』の詳しい作品情報はこちら!

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