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『小川の辺』篠原哲雄監督インタビュー

篠原哲雄監督写真 海坂藩の武士・朔之助にくだされたのは、藩政を批判し脱藩した男を斬るという藩命であった。男は朔之助にとって友人であり、そして妹・田鶴の夫でもあった。藩命に従うことは、兄と妹が刃を交えるかもしれないことを意味する。朔之助と田鶴とは子供のころから兄弟のようにして育った奉公人の新蔵を連れ、朔之助は決意を胸に旅に出る……。
 篠原哲雄監督がメガホンをとった『小川の辺』(おがわのほとり)は、時代小説の大家・藤沢周平さんの同名短編小説の映画化作品。2008年公開の『山桜』で藤沢作品の世界を見事にスクリーンへと描き出した篠原監督が、『山桜』に続いて主演に東山紀之さんを迎え、武士としての宿命に生きる男と彼を取り巻く人々の姿を、原作の舞台である山形でのオールロケによって描いています。
 2011年7月に全国劇場公開され好評を博したこの作品が、いよいよDVDソフトとして発売されます。美しい庄内の風景や登場人物たちの細かな心の機微……。DVDで鑑賞することで、きっとまた新たな『小川の辺』の魅力を発見できるに違いありません。その魅力を見つけるためのガイドとなるべく、篠原監督にお話をうかがってみました。

篠原哲雄(しのはら・てつお)監督プロフィール

1962年生まれ、東京都出身。明治大学在学中から映画の現場でスタッフとしての経験を積み、大学卒業後に助監督として森田芳光監督や金子修介監督の作品などに参加。その傍ら自主映画も製作し、1993年に『草の上の仕事』で神戸国際インディペンデント映画祭グランプリを受賞する。1996年に『月とキャベツ』で初の商業長編作品を監督し、以降『はつ恋』(2000年)『昭和歌謡大全集』(2003年)『山桜』(2008年)『真夏のオリオン』(2009年)『ラムネ』(2010年)など、ジャンルを問わず幅広い作品を手がけている。

「東山紀之さんは“武士の佇まい”を持った役者さん」

―― 藤沢周平さん原作の作品を監督されるのは2作目となりますね。『小川の辺』はどのような作品を目指されていたのでしょうか?

篠原:前回の『山桜』は、女の人の結婚を巡る話だったので、ある意味であまり時代劇っぽくない話だったなと思っていたんです。なので、今度は武士の生き方であるとか男側の視点が前面に出た作品をやりたいと思っていました。それで、プロデューサーから「藤沢さんの作品をもう1本やらないか」と問われたときに、短編集の「海坂藩大全」に収められた短編を読んだ上でみなが選んだのが『小川の辺』だったんです。武士が藩命を受けて旅をするという話なので、ロードムービーとして成立することと、最後に時代劇らしい立ち回りがあるというところが、映画の形式としては面白くなるのかと思いました。そして理不尽な藩命をどう克服するのかという藤沢文学特有の感覚を描けるというのが魅力的でした。

―― 主演の東山紀之さんも『山桜』に続いての主演ですが、東山さん主演というのは監督から希望されたのですか?

篠原:希望というよりは、最初から東山さんの存在が頭にあったという感じですね。今回一緒にやった小滝(祥平)プロデューサーとは自然と東山さんの名前が最初から出ていましたね。彼とはもう1回タッグを組んでみたいなと思っていましたし、『小川の辺』で組むのはごく自然な流れであったと思います。

―― 監督からご覧になって、東山さんの魅力はどんなところでしょうか?

篠原:“武士の佇まい”を持っている役者さんだと思いますね。剣も達者ですし、生き方そのものがストイックな感じがする人なので、藤沢さんの世界にはひじょうに合っていると思っていました。

―― 同じ東山さんが主演ということで、前回『山桜』で東山さんが演じた弥一郎と今回の朔之助と、主人公の描き方で違いを出すため意識されたところはあるのでしょうか?

篠原哲雄監督写真写真"

篠原:まず、今回のほうが立ち回りが本格的で、一対一できちんと対決するということ、そこで死闘のような闘いになるといいなと思って撮っていました。あとはね、そんなに“武士の姿勢”としては変わらないと思うんですよ。『山桜』の弥一郎は、武士として正義を糺そうとして、自分で罪だと自覚して悪を斬って牢屋に入るという男ですよね。今回の朔之助は、脱藩していった佐久間という男を斬らねばならないという、弥一郎とは違う理不尽さを背負っているわけなので、むしろ立場としては今回の佐久間と弥一郎とを置き換えることができるわけですよ。だから『山桜』とはちょっと違う距離感ですよね。より理不尽な、江戸時代の武士にとって藩の命令は絶対であって自由になれないということを背負って、それを受け入れなくてはならないという男の苦悩を描くということだったので、その違いはあるだろうなと思っていました。だけど、姿勢そのものはあんまり変わらないんですよ。たぶん東山さん本人もそう思っていたでしょうし、あまり「今回はこうだから理屈的にはこうだよね」というような話はしていないんです。東山さんとは、じっと心になにかを秘めながら最後まで黙って役割を果たす武士という了解を最初にしただけでした。一度それが了解されれば、細かいことはのぞいて大枠は大丈夫だと思いました。

―― 今回の作品で「東山さんのこういう面を見せよう」としたところはありますか?

篠原:『山桜』の弥一郎がわりとあっさりとしていたから、もうちょっと違った部分が出ればいいかなと思ってはいました。製作者の中からも「もう少し生々しい部分が出ないだろうか」という声もあったんです。でも、やはり東山さん自身が凛としたものを持っているので、特に武士の格好をするとあまり崩れないんですよね。なので、これはこれでひとつの姿だなと思ってやっていました。ただ、ワンシーンだけ行水するみたいな場面があるので、そこは節度を持った上での出で立ちを見せようかなっていうところはありました。そのシーンにしても、生死の生々しさを見せようとしてやっているわけではなくて、ある意味は“形の美学”というところですからね。東山さん自身も「内に秘めたる心の持ちようは激しい」というところで芝居作りをしていたところがあったと思います。

「この話は、面と向かって理解することのなかった兄と妹が初めてお互いを理解する話なんです」

―― ほかのキャストについてもお話をうかがいたいと思います。まず、新蔵を演じた勝地涼さんの印象はいかがでしたか?

篠原:細かい芝居に対しても真摯に対応する、まじめだけども茶目っ気があるやつですね。彼は時代劇が初めてで、自分の立ち振る舞いということを含めて、東山さんについていく感じでやっていたので、ひじょうに従者らしい感じが出ていたと思います。

―― 新蔵については、どのような人物として描こうとしていらっしゃったのでしょうか?

篠原:やはり、田鶴とのシーンでは、少年のころからどちらかといったら女の子想いで、ちょっと優しいところがあるというふうに見えればいいなと思っていました。対比で言うと、厳しい長兄がいて妹をよく怒るので、勝地くんの役は妹の同級生のような、妹を支えているような、そういう弟分のような位置関係じゃないですか。身分は違うんだけど、あくまで弟分のような感じでずっといてくれるといいなと思っていましたね。

―― 次に、田鶴役の菊地凛子さんの印象はいかがでしょう?

『小川の辺』スチール

『小川の辺』より。幼いころからともに過ごしてきた朔之助、田鶴、新蔵の3人に訪れる過酷な運命の行く末は……。

篠原:菊地さんは『ノルウェイの森』(2010年/トラン・アン・ユン監督)のあとぐらいだったので、時代劇に出るとはみんなあんまり思っていなかったと思うんですよね。だけど、本人は日本の時代劇をやりたがっていたこともあって、意外な感じがするかもしれないですけど時代劇にあっているなと思いました。着物の佇まいはすごく落ち着いていて田鶴にはぴったりだったのではないでしょうか。普段の本人もチャーミングだし、周りとフレンドリーになるようにいい意味で気を遣いながら接しているし、殺陣も一生懸命やってくれましたしね。すごくよかったですよね。本人が最初からひじょうに前向きだったという感じがしました。

―― 新蔵は弟分のような役割ということでしたが、同じように役割で言うと、田鶴はどういう位置づけになるのでしょうか?

篠原:この話はね、言ってしまえば武士の世界の人間関係の中でずっと威張っている兄貴がいて、その兄貴にときに異を唱えながら歯向かってもきた生意気な妹がいたと。その兄と妹が18年経って、お互いの情が通いあう話とも言えるんですよ。お互いに心の中で理解はしているんだけど、面と向かって理解することのなかったふたりが初めてお互いを理解するっていう、いわば兄妹愛みたいな話。一概に役割ということはいえないけれど、藤沢文学で描かれる女性は、あの時代でいえば自己主張が強い人物が描かれているのではないかと思います。そこが現代にも通じるところかとも思えます。

―― 朔之助と田鶴、新蔵の3人を画面に収める上で、その雰囲気作りのような部分で意識されていたことはありますか?

篠原:兄と妹の対峙、そしてどちらにつくこともできる中立な子分という構図かな。しいて言えば、子供時代の兄貴が妹と新蔵を見る構図が、大人になってから菊地さんや勝地くんを見る構図と、どこか一緒になるようになるといいなというところはありました。

「言葉にしないで伝わるというのは、ぼくの中ですごくしっくりくる感覚なんです」

―― 『小川の辺』では、登場人物があるセリフを言ったときに、言葉だけはない意味が込められていることが多いように感じました。「言葉にしないで伝える」ということが、映画のひとつの軸になっていたような印象があります。

篠原:それはね、同じ家で育った若い部下というか弟分をわかっている兄貴の「わかっているんだよ」っていう感情じゃないかなと思うんですよね。「言わなくてもわかる」ということではなくて「それくらいは伝わる」という関係は、いまの社会にも、どこか通じるところはあるんじゃないかと思うんですよ。ぼくらが子供のころに、やっぱり弟分みたいな奴と遊んでいても「なあお前、わかるだろ?」みたいな暗黙の了解ってのがあってね、そういうことに近いのかなと思うんです。だから、懐かしい感覚じゃないかなと思うんですよね。

―― 感情をストレートにセリフで説明する作品が多い中で、この作品のような表現がご覧になる方にどう伝わるか興味あるところです。

篠原:わかってくれるといいと思いますね。あえてそれをストイックにやろうとしたわけではないのですが。言葉がなくても自然にわかりあえる感覚の大切さを理解してほしいという気持ちはありました。それは作る側の驕りかもしれませんけど。観客の想像にゆだねる場面があってもいいと思います。言葉にしなくても「わかる」「腑に落ちる」という感覚は大切だと思います。

―― 前作の『山桜』では、主人公たちが言葉を交わさずに礼を交わすことで気持ちを伝えることが多かったですよね。それは、今回の『小川の辺』での「言葉の言わなさ」と、共通する部分があるのではないでしょうか?

篠原:ああ、そうですね。ぼくは学生時代まで剣道をやっていたんですけど、剣道というのは、目と目があって、礼で始まり礼で終わるんですよ。目で語りあうわけじゃないけど、目と目を見ることでどことなく「よしいくぞ、勝負だ」とか「こいつ今回本気だな」とか、そういうのがわかるんですよ。なので、そういう感覚は自分の中ではすごくしっくりくることなんですね。やっぱり、日本人の伝統的なものとして「礼に始まり礼で終わる」ということがあるのでね、それもぼくにとっては懐かしい感覚なんですよ。大人になると、仕事のときにはなにかときちんと説明しなければいけなかったり「目と目で通じる」というようなことは少なくなってくるんだけど、行為としてはひじょうにわかる感覚なんです。日本人の根幹にある感覚ではないかと思うのです。

『小川の辺』スチール

『小川の辺』より。山形ロケによる雄大な風景の中で物語は進んでいく。

―― 今回のDVDソフト化で、映画館より気軽に繰り返し観られるようになりますが「ここがお勧め」という見どころがあればお願いします。

篠原:最初にロードムービーと言いましたけど、この映画で描かれる旅は山形の庄内の辺りから出発しています。藤沢周平さん原作の映画というのは月山を背景にしていることが多いんですけど、今回は秋田県との境の鳥海山を背景にしているんです。なぜかと言うと、鳥海山の方角を背にしながら旅を始めて月山を越えて、つまり鶴岡側から山形側に入ってその峠を越えていくというロードムービーにしてあります。そういう意味では地理感覚というか地形の変化というのは楽しめるんじゃないかと思っています。日本の原風景として映画を観るという楽しみ方もあるということです。それから、最後の立ち回りはそんなに長いカットではないですけども、妹との対決も含めて緊張感ある感じに撮れたと思うので、そこは何度も繰り返し観てもらっても楽しめるかなと思いますね。……あとなんかありますかね?(笑) なかなか自分では見どころというのは難しいんですよね(笑)。

―― そうですね、何度か観ていくと、最初に観たときとはセリフの受けとり方が違って見えてくるのではないかなと思います。

篠原:なるほどね。セリフについて言うと、映画の中で勝地くんが「はい」というセリフをけっこう何度も言っているんですよ。そこは朔之助がなにか言ったときに「ああ、そう来たか」という気持ちで言っているので、きちんと「はい」と言わなければいけないんですよね。でも、現代人はそういう言葉をないがしろにしているところがあるので、現場だと雰囲気で「ァイッ!」みたいに言っちゃうんですよ。そこは「江戸時代の人はそうではなかったはずだから“はい”というきちんとした日本語を喋ろうよ」ということで、アフレコでやっていたりもしますので、そういったセリフの厳密さのようなところも感じてほしいかな。
 それから、食事のところですね。人が“食べる”ときというのはキャラクターが出るんですよ。ぼくは現代劇では人と人とのやりとりのちょっとした合間にキャラクターが見えてくるのが好きなんですけど、時代劇というのは様式美を追求しなければならないところがあるので、現代劇でやるようなことができないんです。だから演出としてはどうしようかなというところで、せめて食事のところでは、主人と従者ですから譲り合いのようにして待っているとか、ご飯をお代わりしたくてもしないとかね、武士の姿から東山さんという人と勝地くんという人のやりとりがチラッと垣間見えればいいなと思って、かすかな遊びのようにやっていたんです(笑)。なので、そういうところも観てもらえたらいいのかなと思います。

(2011年12月9日/バンダイビジュアルにて収録)

DVDジャケット

小川の辺

  • 監督:篠原哲雄
  • 出演:東山紀之 菊地凛子 勝地涼 片岡愛之助 尾野真千子 ほか

2012年1月13日(金)バンダイビジュアルよりDVDリリース

  • 初回限定版(BCBJ-4075):税込定価6300円/本編ディスク+メイキング映像など収録の特典ディスクの2枚組・ライナーノート付属
  • 通常版(BCBJ-4076):税込定価3990円
  • 初回限定版、通常版とも本編ディスクに予告編+テレビスポットの映像特典収録
  • ※掲載のジャケットは通常版

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