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『歯まん』前枝野乃加さん・岡部哲也監督インタビュー

 高校生・遥香の初めてのセックスは、愛する人が血まみれで死ぬという衝撃の結末を迎える。遥香の肉体の一部が変形して恋人の局部を噛みちぎってしまったのだ。恋人を殺したことを誰にも明かせず、遥香はひとり苦悩する……。
 各地の映画祭などで好評を得てきたダークファンタジー『歯まん』が、ついに一般公開を迎えます。誰もが驚くような設定のこの作品は、しかし真摯に「性と生と愛」という題材に挑み、人を愛することの意味を問う作品でもあります。
 これが初監督となる岡部哲也監督はどう『歯まん』を生み出し、主人公の遥香を演じた前枝野乃加さんはどう『歯まん』と向き合ったのか。そして完成から約4年を経たいま思うことは。おふたりにお話をうかがいました。

前枝野乃加(まえだ・ののか)さんプロフィール

1990年生まれ、大阪府出身。本名の馬場野々香(ばば・ののか)で芸能活動を開始し、女優・モデルとして活動。『歯まん』で映画初主演を果たす。現在は舞台を中心に活動し、パーティーゲーム「人狼」をもとにした舞台「人狼 ザ・ライブプレイングシアター」(人狼TLPT)シリーズに2014年よりレギュラーメンバーとして出演中。2017年に現在の名前へ改名。
近年の出演作品に舞台『WAR→P! in fantasy 芽ぐみの雨と水鏡の試練」「WAR→P! to ロードス島戦記」(2018年)、「オレンジノート」(2016年)、バンド“鳴ル銅羅”のミュージックビデオ「独立宣言」(2016年)など

岡部哲也(おかべ・てつや)監督プロフィール

1982年生まれ、東京都出身。映像系の専門学校在学中より矢崎仁司監督、篠原哲雄監督の作品などで現場スタッフをつとめる。その後フリーの助監督となり、中村義洋監督、豊島圭介監督、三池崇史監督、石井裕也監督、山下敦弘監督ら多くの監督の作品に参加する。自らプロデューサーもつとめた初監督作『歯まん』は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2015で北海道知事賞を受賞したほか、国内外の映画祭で上映された。2019年公開の『君から目が離せない ~Eyes On You~』(篠原哲雄監督)では助監督と共同脚本を担当

「コンプレックスって誰しも少しずつ持っている」(岡部)

―― プレス資料のコメントによりますと監督は学生のころに『歯まん』のプロットを思いつかれたそうですが、発想のきっかけはなんだったのでしょうか?

岡部:最初は卒業制作で作る作品を考えていて、そのとき学校に教えに来ていた映画監督が「自分の恥ずかしいこととかを全部さらけ出さないと人は面白がってくれないよ」みたいなことを言う人だったので、自分の描きたいものとか根底にあるものはなにかなといろいろ考えて、コンプレックスをテーマに描こうと思ったんです。当時、コンプレックスを持っている人間を映画の表現としてモンスターに置き換えたファンタジー映画が観ていて好きだったんです。ティム・バートンとかが好きで『シザーハンズ』(1990年・米)とかまさにそうですね。そういうファンタジー映画を作ろうというのが発想の始まりとしてありました。そこから考えていくうちにラブストーリーにしようとなって、ラブストーリーで愛を描くんだったらセックスも表現しないと本当の愛は描けない気がして、愛の中にセックスも含まれているみたいなところで「性と愛」をテーマに作っていこうと考えたんです。そのときに書いていたのは、好きな人とセックスできない少女の哀しみを描こうというプロットまででした。

―― コメントでは世界各地に『歯まん』のような女性の伝承や神話があることに触れられていますが、それをもとにされていたわけではないのですね。

岡部:ええ、当時はそういう話があるのを知らなかったんです。『歯まん』は脚本を書きはじめたころに現場で知り合った長谷川(友美)さんという方に撮影をやってもらっているんですけど、長谷川さんと一緒に付いていた監督がモー・ブラザースという『KILLERS/キラーズ』(2014年・インドネシア,日本)の監督で、そのとき話をしたら「ああ、そういう話なら俺も聞いたことあるよ」と教えてくれたんです。それで調べたらけっこう世界の各地にそういう神話や伝承があって、日本にも沖縄とか北海道にそういう話が残っているというのを、そこで初めて知ったんです。

―― 前枝さんは、最初にこの作品のお話を聞いたときはどう思われましたか?

『歯まん』スチール

『歯まん』より。前枝野乃加さん演じる主人公・遥香は、自分の肉体に起きた変化にひとり苦悩する

前枝:初めて岡部監督とお会いしたとき、もう台本はほとんど完成の状態で、題名も『歯まん』と決まっていたので、まずタイトルにビックリで(笑)。「ほんとにこれで行くんですか?」って聞いたら「これで行きます」って、まずそこで岡部さんの固い意志があったんです。それで台本を読ませていただいたら、ホラーコメディになるのかシリアスな物語になるのか、どっちにも転べるなと思って「どっちなんだ?」って思ったんです。相手の男の人が死ぬシーンなんかも、どういう表現の仕方をしてどういう撮り方をするんだろうってすごく気になっていたんですけど、岡部さんに話を聞かせていただいて、すごく真剣なラブストーリーを撮ろうとしているんだなというのがわかったので、それならやらせていただこうという感じでした。

―― 前枝さんが演じられた主人公の遥香は、作品の中で精神的に追いつめられるような役ですよね。そういう役を演じることに対して不安のようなものはなかったのでしょうか?

前枝:そうですね、実体験にないことって自分の引き出しにはないですし、この映画のような極限状態って正直わからないじゃないですか。なので、それに対する不安とか「どう演じたらいいのかな?」という気持ちはあったんです。だけど、実際に撮影に入ってみたら、スケジュールがハードだったということもあって(笑)、自然と自分自身も追いつめられていったので、意外と「これをどう表現したら、どう演じたら」というのは逆に本番とか撮影中は思わなかったですね。

―― 監督は、ストーリー上の必然だったのかもしれませんが、なぜ遥香にあれだけ過酷な体験を課したのでしょうか?

岡部:「人を愛するとその人を殺してしまう体質」というのは、すごいコンプレックスじゃないですか。そのすごいコンプレックスを抱えている人間は当然生きていくのがつらくて、ただコンプレックスって誰しも少しずつ持っているものだと思うので、この映画を観た人が「こんなにつらい人がいるんだ、自分はまだ全然ましだな」って少しでも思ってもらえたらいいなというところで、とことん追い詰めていこうと。ただ、最後には希望を持たせるストーリーにしようと思っていました。

「どういう人から観ても共感できる部分を作りたかった」(前枝)

―― 作品を拝見して、遥香がこういう状況になるまではごく普通の10代だという印象を受けました。監督は、遥香が「普通」ということは意識していらっしゃったのでしょうか?

岡部:そうですね、どこにでもいそうな子というのはすごく意識してて、メチャクチャファンタジーな話なんですけど「実際にどこかにこういう子がいるかもしれないな」という、少しでも現実味を持った話にしたかったんです。それによって、映画を観た人が「自分の相手がこういう人かもしれない」みたいに思って、セックスに対する意識が少しでも変わるんじゃないかなって。ぼくはセックスというのは命を産むための高尚なものだということをこの映画で描きたかったんです。なので極力、普通に存在してそうな雰囲気は作ろうと思いました。

―― 前枝さんは遥香の「普通さ」というのはどう捉えていらっしゃいましたか?

前枝:私も普通ということはけっこう意識していて、岡部監督も言っていたように、映画を観た人に「どこかにいるかもしれない」って思ってもらえたらいいなと思っていて、遥香自身の性格というか「歯まんである」ということ以外の遥香の味付けみたいなものを自分ではしないようにしていました。(岡部監督に向かって)あと私、気になっていたことがあるんですけど、遥香の友達が出てこないじゃないですか。それってわざとですか?

岡部:ああ……たしかに(笑)。

前枝:「たしかに」って感じなんですか?(笑) 「遥香がどんな人なのか」みたいなことって、遥香自身というより周りが色付けしていくという感覚ってあると思うので、それで色付けを感じさせないようわざと友達を出さなかったのかなと思っていたんですけど。

『歯まん』スチール

『歯まん』より。苦悩する遥香は、偶然出会った男性・裕介(演:小島祐輔)に惹かれていくが……

岡部:たぶん、友達には相談できないだろうし、相談するようなシーンを作るとコメディっぽく寄っていっちゃうなというところもあったし、まあ学校に行かなくなっているだろうから(笑)。

―― では、前枝さんは、キャラクターを感じさせないキャラクターにしようとしていたという感じでしょうか?

前枝:そうですね。こうなる前に遥香がどういう生活をしていて、どういう友達とどういう話をして、どういうテレビを見て、どういう音楽を聞いてというのを、あまり感じないようにというふうに逆に意識しましたね。どういう人から観ても共感できる部分を1個作りたかったので。

―― そして「人を愛する、好きになる」ということがこの映画の大きな軸になっていますが、遥香だけでなく、脇役のみどりや裕介たちも含めて、人それぞれに違う「好きになり方」というのが描かれているように感じました。

岡部:みどりのキャラクターとしては、遥香とまったく逆の人を描きたいなと思っていたんです。セックスができない子と、セックスを仕事にしていてそこにしか自分の居場所なり幸せを見出だせない人という、対極のキャラクターにしようと思って、そういった意味では「好きのかたち」は違うものですね。

―― 前枝さんは演じる立場としてそれぞれの「好きのかたち」はどう感じられましたか?

前枝:たとえば、みどりみたいに暴走してしまう気持ちもわからなくはないですし、映画の中で遥香がどう考えるか、裕介がどう考えるかというのも、普通に考えたら当たり前なことではないじゃないですか。でも、人を好きになるという気持ちが最高に高まったときって人はどういう考えになるのかわからないなって思うんです。普通に生きているときの感覚からすれば「そんなのやりすぎだよ」と思うかもしれないですけど、実際にそこまでのめり込んだら、人間って「究極の選択」みたいな決断をするんだろうなって。

―― 遥香は、冒頭で死んでしまう恋人の洋一と、偶然に出会って惹かれていく裕介という、ふたりの男性と大きく関わっていきますが、前枝さんは遥香のそれぞれの男性への気持ちの違いは意識していらっしゃいましたか?

前枝:やっぱり、最初は普通の高校生の、青春の中の恋愛だったと思うんです。そういう相手に対する「好き」の気持ちと、一緒に特別な体験を経た愛では、絶対に違う気持ちが生まれると思うんですね。青春の中でも「すごい好き」というのはあると思うんですけど、秘密を共通した人って想いの強さはたぶん違うんだろうなって思います。

「どういう感想を持っていただけるのか楽しみです」(前枝)「いろいろな見方ができる映画だと思うんです」(岡部)

―― 遥香は、映画の冒頭で恋人の洋一を殺してしまい「殺してしまうから愛しちゃいけない」というジレンマを抱えていきますよね。前枝さんは遥香のその感情について、どう考えていらっしゃいましたか?

前枝:うーん……。理不尽だなって(笑)。相手を殺してしまうのって、遥香はずっとそれを抱えて生きていかなくてはならないんですよね。だから遥香が最後にどういう選択をするかというのは、遥香なりのひとつの覚悟なのかなと思います。

―― 監督はいまの前枝さんのお話を聞いていかがですか?

岡部:ぼくはコンプレックスを受け入れて乗り越えるという希望を持った話にしたかったので、当初の脚本では最後にはっきりと希望を示そうと思っていたんです。だけど最後の前枝さんの表情を見たら、それはなくていいなって。それでああいうラストになりました。

―― この映画のように相手を殺してしまうというのは現実にはないと思いますが、結ばれることで相手を不幸にしてしまうとう状況は現実にもありますし、その意味ではこの作品は現実を描いた話だとも思いました。監督は、現実を描くということは意識していらっしゃったのでしょうか?

岡部:たぶん、脚本を書いた当時のぼくはもっと愛に飢えていて(笑)、それがひとつのコンプレックスみたいなところがあったんです。愛されたいなという願望もあり、自分はどこまで人を愛せるのだろうかというところもあり、そこの究極を描いたという感じですね。だから、途中に出てくる話には自分が聞いた話とか実体験とかも入っているんですけど、最終的には現実味というよりは理想とかコンプレックスとかが凝縮されているという感じです。

―― 前枝さんはいかがですか、現実に相手を不幸にしてしまう恋愛ということについて。

前枝:これは女性に多いのかもしれないですけど、結ばれたら不幸になるような相手を選びたがる人っていません?(笑) 暴力を振るうとか、ギャンブル中毒だとか、どうしようもないダメ男ばっかり選んじゃうっていう。そういうコンプレックスの部分って、よくも悪くも人を惹きつける部分ってあるんじゃないかと思いますし、私自身も人を好きになるときって、表立っていい面よりもコンプレックスの部分に気づいたときに、その人が気になったり好きになったりということが多いので、人間ってそういうものかなって思います。

―― 先ほど監督から「脚本を書いた当時は」というお話も出ましたが、書かれたのはけっこう前なんですね。

岡部:ええ、2012年の12月くらいで、撮ったのが2013年の3月ですね。それで、撮ったあと頭を一度リセットしたかったので、しばらく経ってから編集を始めたんです。

―― そして、2015年2月の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2015」で初上映され北海道知事賞を獲得し、それから約4年を経て一般公開を迎えるわけですが、公開を迎える心境はどんな感じですか?

インタビュー写真

岡部:撮っているときは「上映できたらいいな」という想いと、演者さんにもスタッフにもいろいろ協力してもらったので「劇場で上映しないといけないな」という気持ちはあったんです。ただ、なにも決まってはいなかったので不安はありつつ、いろいろな映画祭とかに行く中で少しずつ人に観てもらえるようになって、撮っているときはこんなに長くこの作品に関わることになるとは思っていなかったので、なんか不思議ですね。こんなに1本の作品が自分の人生を変えてくれるものなんだなって思いました。そう考えると、一般公開していろいろな方に観てもらっての反応というのが楽しみです。

 

前枝:いま岡部さんもおっしゃったように、私もこの『歯まん』が一番長く関わっている作品になると思うんですけど、正直、撮影した当時は自分の初主演の作品がこんなにたくさんの方に観てもらえるとは思っていませんでしたし、岡部さんの「いろいろな人に観てもらいたい」という気持ちをこの6年くらい見ていたので、その岡部さんの気持ちもすごいなと思いますし、たくさんの人の協力もあってこうして公開されるんだと思っています。それから、やっぱり映画祭などで観てくださるのはけっこうコアな映画ファンの方や映画業界に携わっている方が多いと思うんですね。一般公開って、そこまで映画マニアではない方にも観ていただける機会だと思っているので、この作品にどういう感想を持っていただけるのかが楽しみです。

―― 4年の間に映画祭などでご覧になる機会もあったと思いますが、いまご覧になって改めて気づくことや発見するようなことはありますか?

岡部:ゆうばりで最初に上映するときは、すごく緊張と不安があったんです。自分の内面的なものを映画として表現したつもりなので「果たしてこの映画が受け入れられるんだろうか?」という不安があったんですけど、映画祭とかを回っていく中で「面白かった」とか、意見や感想を言ってくれる方がけっこういるんです。そういうふうに言っていただくと、撮って、上映して、いろいろな人に観てもらうという一連のことをやってよかったとすごく思いますね。

前枝:最初にスクリーンで見たのはゆうばりなんですけど、この作品は遥香のシーンがほとんどですし、そのときは「こうしたらよかった」みたいに思って、客観視ができなかったんですよ。観た方の感想も怖くて聞けないみたいなところがあったんですけど(笑)、自分も何度か作品を観て、だんだんと客観視できるようになってきて、いまはいい意味で自分が出ているということに関係なく観られるようになって、そうなってから気づくことが多いですね。ストーリー自体をちゃんと観られるようになったので「みどりの気持ちはこうなんだろうな」とか「裕介はこうだろうな」とか、ひとつの作品として楽しめるようになりました。

―― では最後に、この作品に興味を持たれている方へのメッセージをお願いします。

前枝:このインタビューの中でもちょこちょこ出てきたんですけど、コンプレックスというのは誰しもどこかしらにあって、遥香に共感できる部分がどこかにちょっとずつでもあったりすると思うので、突拍子もない設定の中に自分を感じてもらえれば嬉しいなと私は思います。

岡部:いろいろな見方ができる映画だと思うんですよ。ラブストーリーだし、ファンタジーだし、ちょっとコメディ要素もあるし、ホラー要素もあるし。だからジャンルを決めて「これはこういう映画だな」と思って観に来ると、たぶん違うものになっていると思うし、フラットな状態で、観て感じていただけたらと思います。

インタビュー写真

映画初主演で難役に挑んだ前枝野乃加さん。前枝さんの熱演が『歯まん』という作品の大きな力になっていることは間違いありません。前枝さん演じる遥香が作品の中でどう生きているか、ぜひスクリーンでご覧ください

※画像をクリックすると拡大表示されます

(2019年1月28日/都内にて収録)

作品スチール

歯まん

  • 監督・脚本:岡部哲也
  • 原作:
  • 出演:馬場野々香(前枝野乃加)  小島祐輔 水井真希 中村無何有 宇野祥平 ほか

2019年3月2日(土)よりアップリンク渋谷  ほか全国順次公開

『歯まん』の詳しい作品情報はこちら!

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