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『雨降って、ジ・エンド。』髙橋泉監督・廣末哲万さんインタビュー

 写真家を夢見る日和は、偶然に出会ったピエロ姿の中年男の写真をSNSにアップしたところ大量の「いいね」が。さらなる「いいね」欲しさにピエロ男=雨森に近づく日和は、いつしか雨森に惹かれはじめる。だが、雨森にはある秘密が――。
 髙橋泉さんと廣末哲万さんによる映像ユニット「群青いろ」17年ぶりの劇場公開作となる『雨降って、ジ・エンド。』は、髙橋さんが脚本・監督、廣末さんが主演をつとめ、ヒロインに古川琴音さんを迎えた異色のラブストーリー。
 衝撃的な展開が待つ『雨降って、ジ・エンド。』は、現代の一面に真摯に目を向けた作品となっています。この作品が生まれた背景について、そして「孤高の映像ユニット」と呼ばれる群青いろの映画作りについて、お話をうかがいました。

群青いろ(ぐんじょういろ)

2001年に髙橋泉さんと廣末哲万さんにより結成。作品によりふたりとも監督・出演するスタイルで映画制作をおこない、長編『ある朝スウプは』(2003年/髙橋泉監督)と短編『さよならさようなら』(2003年/廣末哲万監督)がPFFアワード2004でグランプリと準グランプリを受賞して注目を集める。現在まで精力的に映画制作を続け、映画祭や特集上映で作品が上映されている。劇場公開は2007年にPFFスカラシップ作品『14歳』(2006年/廣末哲万監督)が公開されて以来17年ぶり

廣末哲万(ひろすえ・ひろまさ)さんプロフィール

1978年生まれ、高知県出身。2001年に群青いろを結成。主演もつとめた初長編監督作『鼻歌泥棒』(2005年)と監督・主演作『14歳』(2006年)でロッテルダム国際映画祭最優秀アジア映画賞を2年連続受賞。ほかの監督作に『夕日向におちるこえ』(2007年)『FIT』(2010年)『あした家族』(2013年)など。
群青いろ作品以外に俳優として『天然コケッコー』(2007年/山下敦弘監督)『凶悪』(2013年/白石和彌監督)『ひかりの歌』(2017年/杉田協士監督)などに出演

髙橋泉(たかはし・いずみ)監督プロフィール

1973年生まれ、埼玉県出身。2001年に群青いろを結成。監督作『ある朝スウプは』(2004年)でPFFアワード2004グランプリ、第46回日本映画監督協会新人賞などを受賞する。ほかの監督作に『むすんでひらいて』(2007年)『わたしは世界なんかじゃないから』(2012年)『ダリー・マルサン』(2014年)など。
脚本家として『ソラニン』(2010年/三木孝浩監督)『凶悪』(共同脚本・2013年/白石和彌監督)『東京リベンジャーズ』シリーズ(2020年~/英勉監督)など、商業作品で数々の映画やドラマを手がけている

親しみやすさとか、愛嬌とか、滑稽さとかに目が行くように(廣末)

―― 群青いろでは、おふたりとも監督をされますが、どちらが監督をするというのをあらかじめ決めて企画を進めるのでしょうか?

髙橋:ぼくらは基本的に「今回はどっちがやりましょう」と決めるのではなくて「こんなのやりたい」と言ったほうが監督するというかたちなんです。今回は、ぼくが「こういうのをやりたいな」と思ったという感じですね。

―― 企画がありきで始まるわけですね。今回の『雨降って、ジ・エンド。』は、どのように発想が生まれたのでしょうか?

髙橋:「あらしのよるに」(※1)という、もともとは絵本で、それを「てれび絵本」としてEテレでやっていたのを子どもと奥さんが観ていたので、一緒に観ていたんです。それはオオカミとヤギが友情を育んでいく話で、本来は捕食者と捕食対象で越えられないはずの種を越えた友情というのが泣けるなと思って、そういう方向のものを作ってみたいと思ったんです。それを人間同士でやろうと考えていくと、いまってどんな人同士でもそれなりにわかりあえると思うんですよね。そこでなにか決定的にわかりあえない関係ってなんだろうって考えたときに、今回『雨降って、ジ・エンド。』の中で雨森さんの秘密として扱っているものにたどり着いたんです。いつか作品にできないかなと考えていたモチーフではあるので、それで話を作ってみようという感じでした。

―― 廣末さんは、そのアイディアを聞かれてどう思われました?

『雨降って、ジ・エンド。』スチール

『雨降って、ジ・エンド。』より。廣末哲万さんが演じる雨森

廣末:髙橋さんとは、3ヶ月に1回とか定期的に会ってお酒を飲んで話をしたりしていて、いつもそういうときにフッと「次、こういうのを考えているんだけど」と聞く感じなんです。『雨降って、ジ・エンド。』の話もそういう感じで聞かせてもらって、雨森さんの秘密の内容をどう思うかというよりは、話全体がめちゃめちゃ面白かったので、早く映像になったものを観てみたい、その中にいてみたいという気持ちが強かったです。

―― 作品の紹介文でも「衝撃」とあるように、観客の予想を覆すような展開のある作品ですね。これは当初から意図されていたのですか?

髙橋:いや、展開をひっくり返すみたいなイメージはそんなになくて、考えていたのは日和と雨森さんの関係性をじっくりと見せるということだったんです。この映画のテーマって「もし大切な人が秘密を抱えていたら、あなたはどうしますか?」というところだと思うんですね。だから、前半は雨森さんの人となりなんかを日和を通して見ていって、雨森さんを日和にとって大切な人にする。そのスパンをしっかりと作らないといけないと思ったんです。ぼくらの作品のテイストってけっこうダークで、昔の作品なんかほんとにダークなものが多いんですけど、最初からそれで始まっちゃうとふたりの関係性にすら目が行かなくなってしまうので、まず関係性を見せてから本題に入るみたいな時間はどうしても必要なのかなと思ったんです。まあ、実際にやっているのはふたりがふざけながらペチャクチャ喋っているだけなんだけど(笑)。

―― 雨森さんがピエロの姿で風船を配るという、ちょっと不思議な感じのキャラクターになってるのも、最初は雨森さんを好きになってもらうという狙いからでしょうか?

髙橋:どちらかというと、日和の「『いいね』が欲しい子」というのを先に作ってから、雨森さんを考えていったような気がするんです。雨森さんはいわば日和の捕食対象で、日和は「いいね」が欲しくて近づくわけなんで、なら雨森さんは「写真を撮っただけでバズるような人」にしようという、そんなイメージだったんですよ。それでピエロの格好とかイメージしていったあとに、コミカルとか人当たりがツンと来ないような人にしようという流れだったと思いますね。

―― 廣末さんは、雨森さんのキャラクターをどう感じられましたか?

廣末:そうですね、抱えている秘密が秘密なものですから、親しみやすさとか、愛嬌とか、滑稽さとか、そういうほうに目が行くように努めたところはあります。後半との落差が出るようにということも考えて。

―― 廣末さんから雨森さんのキャラクターについてアイディアを出されたところはありますか?

廣末:出すとしても、現場でやってみて、髙橋さんが笑えばそれがいいんじゃないかなという感じでした(笑)。

髙橋:日和が街で雨森さんを見つけて最初に話しかけるシーンで、雨森さんが風船を渡す前にこんなふうにステップ踏むじゃないですか。ああいうのはもちろん台本には書いてないし、話し合ってないし、廣末くんが勝手にやって「それは面白いね」って、大体がそんな感じです(笑)。

  • ※1:オオカミのガブとヤギのメイの不思議な友情を描いたきむらゆういちさん作・あべ弘士さん画による絵本。1994年に第1作が刊行され、好評により続編が刊行されたほか、劇場アニメ化(2005年/杉井ギサブロー監督)や舞台化、ミュージカル化などもされている。NHK「てれび絵本」版は中村獅童さんが語りを担当、2003年に初放送されたのち、繰り返し放送されている

日和は、特別じゃない子にしたかったんですよね(髙橋)

―― 古川琴音さんが演じたヒロインの日和は「『いいね』が欲しい子」というお話がありましたが、日和のキャラクターについて、もう少し聞かせてください。

髙橋:ポスターにも使われている「世界はこんなにもカラフルです」というセリフがあるんですけど、それに気づいていく話でもあるので、最初は狭い視野の中で生きている子にしようと思ってました。人に流されやすかったりとかね。この間、古川さんが「日和見主義の日和という名前だと思っていました」って話をしていて、それを聞いて「たしかに」って。ぼくは単純に「雨」と「お日さま」で付けたつもりだったんで(笑)。

廣末:はははは(笑)

髙橋:いまは、みんな普通に承認欲求の中で生きているし、なんか「歌手になることが目標です」とか、そういう時代じゃなくて、誰かが見てくれることが目標みたいな感じですよね。そういう、特別じゃない子にしたかったんですよね。カメラを持って写真を撮っているけど、写真が本当に好きだかどうかもわからない、そんな子がいいなと思っていました。だから、映画の説明で「フォトグラファー志望の」とかって書いてあると「わかりやすく言うとそうですけど」って(笑)。

―― この作品は2019年の撮影で、まだ古川琴音さんは映画やドラマの出演作はあまりないころですよね。古川さんはどのような経緯で起用されたのでしょうか?

『雨降って、ジ・エンド。』スチール

『雨降って、ジ・エンド。』より。古川琴音さん演じる日和

髙橋:プロデューサーから何人かのプロフィールを見せてもらって、パッと見て彼女がいいなと思ったんです。当時のぼくの認識では「CMに出てた子」というくらいのイメージだったので、ほかの作品を追ってみたんですけど、おっしゃる通りでまだほとんどなかったんですよね。その中で、KIRINJIの20周年記念のショートムービー(※2)があって、それを観たらすごくよくって、お会いしてみたら、もう脚本の中から飛び出してきたような感じだったんです。

廣末:すごかったんですよね。お会いしたときに、この作品についてご自分が思ったことを書いた、厚いノートを持参してくださって。

―― 廣末さんは、古川さんと一緒に演技をされていかがでしたか?

廣末:とにかく、声質といいますか、とてもポップに聞こえて、もちろんつとめてそうやってくださったと思うんですけど、この作品を一個も二個も明るくしてくださったような気がします。いや、すごいです。

―― 日和のセリフで、誰かに尋ねるときに「◯◯なんですか?」ではなくて「◯◯なんです?」と、イントネーションで疑問形にしているところがあるのが印象的でした。

髙橋:やっぱり「なになにですか?」と「なになにです?」って使う人が全然違って、ぼくは監督というより脚本家なので、商業の作品でもそういうのはけっこう使い分けているんです。今回も、セリフをどんどん書いているときに、日和は「ですか?」ってちゃんと「か?」を付けて訊くより「です?」って言う子だろうなって。

―― 廣末さんと古川さんのほかに、大下美歩さんと新恵みどりさんが大きな役で出演なさっていますが、おふたりはこれまでも群青いろの作品に出演されていますね。

髙橋:そうですね、ふたりとも出てもらっていて、新恵みどりさんは、10年以上ですかね。

廣末:そうなりますね。

―― そうすると、脚本の段階でおふたりをイメージしていらしたのでしょうか?

髙橋:それはやっぱりそうですね。ぼくは仕事で書くときは当て書きは全然せずに書いていくんですけど、自主映画だと全員「この人」って決めて書いたりしていて、今回は雨森さんは廣末くんを前提に書いていたし、日和だけが仕事で書くときの感じでしたね。

  • ※2:2018年にKIRINJIのメジャーデビュー20周年記念コンピレーションアルバムの連動企画としてYouTubeで配信された約20分のショートムービー「melancholy mellow」。『少女邂逅』(2017年)などの枝優花監督が脚本・監督をつとめ、古川琴音さん演じる主人公・トキの20年前と現在がKIRINJIの楽曲に載せて描かれる
    予告篇:https://www.youtube.com/watch?v=mB1qFUcoTZ0
    前篇:https://www.youtube.com/watch?v=u1i2niRcHf4
    後篇:https://www.youtube.com/watch?v=v-cUI7cNmKI

お互いが補完しあっている感じがあるようには思います(廣末)

―― 『雨降って、ジ・エンド。』と続けて公開となる最新作『彼女はなぜ、猿を逃したか?』についても少しお話をお聞きしたいと思います。この作品はネットの誹謗中傷など、現代的なテーマを扱っていますが、どのような発想からスタートしたのでしょうか?

髙橋:これを書く1年くらい前ですかね、高校生が猿を逃がしたという事件が実際に千葉県であったんです(※3)。ニュースで見てけっこう気になっていたんですけど、一報だけで続報が流れなかったので、たぶんなんてことのない話だったんだろうとは思うんです。でも、それを知りたくて「事件を起こした子はこんなことをやりたかったんじゃないか?」とか勝手に想像する、自分の野次馬根性ですね。それこそがいまの世の中をややこしくしているんじゃないかなと思って(笑)。それで書きはじめたんです。

―― 廣末さんはこの話にどんな印象を持たれましたか?

『雨降って、ジ・エンド。』スチール

『彼女はなぜ、猿を逃したか?』より。新恵みどりさん演じる市川優子(左)と、優子の夫で廣末哲万さん演じる市川奏太

廣末:ほんとに、脚本を字で読んでいるとまだわかりやすかったんですけど、映像になっていくと、どんどんよくわからなくなってきちゃって(笑)。とても入り組んでいて、演じていても「あれ、ぼくはいまどこをやっているんだろう?」みたいになって。でも、基本的には面白いので、それに従うというか(笑)。

―― いま廣末さんも「入り組んでいて」とおっしゃっていたように、観客をトリックにかけるような、いくつも仕掛けのある作品になっていますね。

髙橋:あんまりトリックにかけたかったとかってことではないんですよ。ちょうど脚本を書いていたのがコロナの流行の真っ只中だったんで、最初は「猿を逃した高校生にリモートで取材するくらいの話なら作れるんじゃないか」って発想で書きはじめたんです。そこから「取材しているのを主人公の夫が見ていることにしてみよう」とか思って、それもいけるなと思ったんで、じゃあ「実はこうだったということにしてみようか」とかってなっていって。だから、最初から「こうひっくり返して」というよりは「これだけだと言いたいことが足りないな」とか「もう少しやれるんじゃないか」みたいな感じで、どんどん膨らんでいった感じですね。

―― 『雨降って、ジ・エンド。』と『彼女はなぜ、猿を逃したか?』は、どちらも廣末さんが演じられている役が、優しくて親しみやすい感じと、どこかに陰を抱えている感じとが、同時に見える感じがあって、それを廣末さんが持っていらっしゃるから、こういう作品が生まれるのかなと思いました。

髙橋:ああ、それはあると思います。たぶん、いままでの作品は全部そうかもしれなくて、ぼくの中では廣末くんがいるということが芯になっていますね。そうじゃないと、群青いろというかたちは整わないと思うんです。

―― 廣末さんは、いまの髙橋監督のお話を聞いていかがですか?

廣末:いや、ありがとうございます。がんばります(笑)。

髙橋:廣末くんって、昔から表情の中に変な空洞があるんですよね。

廣末:ぼくはぼくで、髙橋さんの書く文字が、とても映像に変換しやすいんですよ。だから、とてもその世界にいやすいというか、お互いが補完しあっている感じがあるようには思います。

―― 『彼女はなぜ、猿を逃したか?』と『雨降って、ジ・エンド。』に共通して、サブタイトルというか、小説の章題のように何回かタイトルのようなフレーズが画面に映されますね。

髙橋:あれは意図とかはなくて、ぼくの好みです(笑)。ぼくの映画は大体あれがありますね。ぼくは、そもそも言葉がすごく好きで、言葉の仕事がしたかったので、映画を撮っているというよりは、なんか小説と映画の間みたいなことをずっと意識してやっているんです。

  • ※3:2020年9月、同年6月に千葉県富津市の動物園でニホンザルを飼育する檻の金網を切断した容疑で自称高校生の16歳の少年が逮捕されたことが報じられた

モヤモヤしたものだったりを消化するために映画を撮る(髙橋)

―― 『雨降って、ジ・エンド。』の話に戻りますが、有名な曲のタイトルの「ロマンティックあげるよ」が章題のように使われていて、曲自体も劇中で日和が口ずさんでいたり、ラジオから流れたりしていますね。

髙橋:もともとあの曲は好きだったんです。今回、ファミレスで脚本を書いているときに音楽を聴いていて、最初ランダムでかけていたらこの曲が流れて、なんか書いている物語とシンクロしたような気がしたんですよ。それからは書くときにはこれしか聴いてなくて、なんなら、最後のほうはこの曲に引っぱられて脚本を書いていたくらいのところがありましたね。

―― 雨森さんの足音とかの効果音が強調されているのが印象に残りました。

『雨降って、ジ・エンド。』スチール

『雨降って、ジ・エンド。』より。廣末哲万さんが演じる雨森(左)と、古川琴音さん演じる日和

髙橋:ぼくらは、そもそもリアリティってものをそんなに考えてないんです。昔はリアリティみたいなものを求めたこともあったんですけど、いまはもう「長い間合い」とか「ボソボソ喋り」とかは、お腹いっぱいでしょみたいなところがぼくらにはあって(笑)。なので、自分たちの中ではファンタジーに振り切っていて、音を付けるときも「こんな音はあり得ない」とかそういうのはなく、むしろ盛っていってしまおうと。足音だけじゃなくて、サスペンダーを引っ張ると「ギギギ」とか(笑)。

廣末:案を出してくれたのはプロデューサーの齋藤(寛朗)さんで、最初イメージがつかなかったんですけど、面白いかもとなって「ぜひ、やりましょう」ということで。

―― タイトルにも「雨」と入っているように、天気が映画の中で大きな要素になっていますね。

髙橋:これはもう「あらしのよるに」が嵐の夜に出会う話なんで、絶対に出会いは嵐がいいなと思って。それで、最近で言ったら嵐というよりゲリラ豪雨みたいなことかなと思って書きはじめたので、タイトルも最初のほうに決まっていましたし、雨森と日和って名前も早い段階で決まっていました。

廣末:このタイトルって、どうやって思いついたんですか?

髙橋:いや、単に「雨降って、地固まる。」をもじって。でも、検索すると意外にみんな「雨降って、ジ・エンド」って言ってるんだよ(笑)。

廣末:そうそうそう(笑)。わりと若い子が使ってる感じがありますね。だからなんか元があるのかと思って。

髙橋:だから、なんか潜在的に「雨降って」のあとに「地固まる」じゃない方向があるんだよ(笑)。意味としては、雨が降って、価値観とか全部水に流して、1回終わってまた始まったほうがね。いろいろな価値観があるのはいいんですけど、もう通用しない価値観とかが地層のようになって残っているのは嫌だなと思うので。だから『ジ・エンド。』と言っても「終わる」というよりは「始まる」という意味のほうが強いんです。

―― 今回、群青いろ作品としては17年ぶりの劇場公開となります。これまでは、映画祭や特集上映などでの上映でしたが、久々の劇場公開に至ったきっかけはなんだったのでしょう?

インタビュー写真

髙橋泉監督(左)と廣末哲万さん

髙橋:正直に言えば、ぼくらから公開したいと思ったことはないんです。ぼくらは撮って、そこで完全燃焼みたいな。ただ、スタッフやキャスト、協力してくれた人たちのために、最低でも映画祭でお披露目をするというのは考えていたんです。だから、ぼくらが作品を出したいか出したくないかということよりも、この作品はいままでの作品とは違って、誰かに「外に出したい」と思わせるなにかがあったのかなと思ってるんです。ぼくらは別にいままでの作品と変わったような気はしていないんだけど、わりと「変わった」と言われることはあったんです。その違いがなにかと言うと、たぶん作品が、完全にではないですけど、外に向かって開いているというところで、開いているから外に出ていったのかなと、ちょっと思っています。

―― 「撮って、完全燃焼」というお話がありましたが、群青いろの映画作りというのは、言い方がよくないかもしれませんが、学生時代の映画サークルみたいな感覚があるのでしょうか?

髙橋:いや、ほんとにそう。大人の悪ふざけですよ、完全に(笑)。いまはわりと世の中に出ていこうという目的を持って自主映画を作る人もけっこういると思うんですけど、ひとつ絶対に言えるのは、ぼくらはそういうことのために撮ってないんです。自分の中で抱えているなにかモヤモヤしたものだったりを消化するために映画を撮るので、撮って、撮ったものを観て飲んだりして、撮影期間が終わったら「燃え尽きたな」って感じで、もうなにも残っていない(笑)。

廣末:逆に、大きなバジェットでなにかをやるってなったほうが、初期衝動の純度みたいなものが薄まるような気がしちゃってて。だから、いまやっているスタイルのほうが、完全燃焼できると思いますね。

―― では最後に『雨降って、ジ・エンド。』に興味を持たれている方にメッセージをお願いします。

髙橋:とにかく「このモチーフに対して世の中みんなで考えよう」みたいな映画ではないことはたしかなので、他人と論じたりとか、他人の意見を否定したりとかするのではなくて、シンプルに「自分だったら大切な人がこうだったらどう思うか」って観てもらいたいなと思います。

廣末:なんか、人の表現って、もしかしたら自分自身を忘れさせてくれるような瞬間があるものですから、この映画はそのひとつになるかもしれませんので、一度試してもらいたいなと思いますね、群青いろを。

インタビュー写真

言葉の中に髙橋監督との信頼の深さが感じられる廣末哲万さん。『雨降って、ジ・エンド。』『彼女はなぜ、猿を逃したか?』それぞれの作品で廣末さんが見せる佇まいを、ぜひ劇場のスクリーンでご覧ください

※画像をクリックすると拡大表示されます。

(2024年1月19日/都内にて収録)

【『雨降って、ジ・エンド。』特報】
作品ポスター

雨降って、ジ・エンド。

  • 脚本・監督:高橋泉
  • 出演:古川琴音 廣末哲万 大下美歩 新恵みどり 若林拓也 ほか

2024年2月10日(土)よりポレポレ東中野にて公開

作品ポスター

彼女はなぜ、猿を逃したか?

  • 脚本・監督:髙橋泉
  • 出演:新恵みどり 廣末哲万 藤嶋花音 萩原護 高根沢光 ほか

2024年2月24日(土)よりポレポレ東中野にて公開

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