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『映画監督になる方法』松梨智子監督インタビュー

 インディーズの映画コンテストで出会った映画監督志望の青年・キタガワと少女・斉藤。賞を獲得するもプロの映画監督にはなれなかったふたり。やがて斉藤はイチゴの衣裳に身を包んだ「イチゴちゃん」としてインディーズ映画界のアイドルに。そしてキタガワはAV監督となり業界での評価を高めていく。そしてふたりはひょんなことから再会して……。
 インディーズ映画界でカリスマ的人気を誇る松梨智子監督の新作『映画監督になる方法』は、映画監督を目指す若者たちの姿を描いた群像劇。登場人物たちの姿はときに滑稽にも見えますが、この映画は決しておバカなだけのコメディ映画ではありません。松梨監督の実体験に基づき、ときとして赤裸々なまでに描かれる「映画監督になろうとする若者たち」とその周りの人々。これはかなりの問題作だ!
 松梨監督にこの作品について、なぜか映画に登場する「イチゴちゃん」姿でインタビューに応じていただきました。



松梨智子監督プロフィール
1971年生まれ。1996年の監督作『惜しみなく愛を奪ふ』でゆうばり映画祭審査員特別賞受賞。1998年には『毒婦マチルダ』が劇場公開され、日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。以降、『サノバビッチ☆サブ〜青春グッバイ〜』(2000)、『近未来蟹工船・レプリカント・ジョー』(2003)と話題作を次々と送り出す。映像制作集団「地下テントろばくん」主宰。
また、女優としても『トキワ荘の青春』(1996/市川準監督)、『流れ者図鑑』(主演:1998/平野勝之監督)、『クルシメさん』(1998/井口昇監督)など出演作多数。

「地下テントろばくん」公式サイト:http://www.matsunashi.com


おかしな人たちの奇行を笑いながら観てもらいたい

―― この作品の企画がスタートしたのはいつ頃だったのでしょう?

松梨:最初は『サノバビッチ☆サブ』を劇場でやっていた6年くらい前に、ジョークみたいな感じで「こんな映画をやりたいね」って言ってたんです。それで2003年に『レプリカント・ジョー』の上映が終わったあとでシナリオ書き始めたんですけど、なかなかお金が集まらなくて(笑)。制作会社を当たってみたんですけど、シナリオを読んだ瞬間にみんな逃げるって感じでしたね(笑)。自分では普通に読んで面白いシナリオだし、みんなが飛びついてこないのが不思議で「みんなわかってないよ」とか思ってました(笑)。
 でも、会社としてはお金を出せないけど個人で出してくれるって人も出てきてくれて、半年くらいでもう動き始めていたんです。2003年の春に『レプリカント・ジョー』の上映が終わったあと半年くらいかけてシナリオを書いて、2004年の夏にはもうオーディションをやってました。撮影が2005年の1月、2月です。

―― キタガワ役のまんたのりおさんは以前から監督の作品によくご出演になっていますが、キタガワ役がまんたさんというのは最初から決めていたんですか?

松梨:そうですね。まんたさん以外の人がやると重くなっちゃうんじゃないかなっていうのがありました。マンガの「行け!稲中卓球部」に出てくる前野みたいな感じでやって欲しかったんですよ。そのタッチでこのシナリオをやってくれる人って考えると、まんたさんが一番ピッタリ来る感じでしたね。

―― やっぱり、重くならないってことは重要だったんでしょうか?

松梨:重要ですね。あんまり重くなると笑って観られませんからね(笑)。あんまり主人公に感情移入されても困るなあっていうのがあるんです。ギャグマンガって感情移入しないじゃないですか。おかしな人たちの奇行を笑いながら観てもらおうっていうのが意図なんで、観ている人があんまり感情移入したくない感じに描きたいというのはあったんです。私は人間のウェットな部分があんまり好きじゃなくて、どちらかというと客観視し続けたいっていうのがあるんですね。

―― 感情移入はできないですけど、キタガワはどこか「こういう人いるなあ」というリアリティがありますね。

松梨:メチャメチャリアリティありますよ、現実に私の周りにいる人たちの実話をつないで作っていますんで(笑)。みんなにビックリされるんですけどね。「こんな人いないよ」って言われるので「私の周りにはこういう人しかいなかった!」って(笑)。

―― でも、キタガワって実はすごい正論を言ったりしている部分もあるんですよね。

松梨:どうなんですかねえ、正論は正論なんですけど、まず自分が我慢するってところが抜けている人なんですよ。だから自分以外の人を我慢させる正論なんで、理屈としてはあっているけど正しくないんです。私の周りはそういう私を我慢させることばっかりするややこしい人がいっぱいいて、しかも私はそれに全部だまされてきたんです(笑)。そこらへんの話が面白いから、ちょっと書いておかなきゃダメだなあって(笑)。

―― もうひとりの主人公のイチゴちゃんを演じた町田マリーさんはどういう経緯で出演することになったんですか?

松梨:オーディションに来てくださったんです。毛皮族(*1)の看板女優さんだっていうのは知っていたので「えっ、町田さんが来た、どうしよう」って大騒ぎしましたね。何度か舞台も観たことあって、そのときは髪も長かったし、町田さんってすごいセクシーで大人というイメージを持っていたんです。だから、実際にお会いする前にサクラコの役で出てもらおうと決めていたんですね。でも、オーディション会場に現れた彼女を見たら、髪はショートだし、顔もセクシーじゃなくてキュートな感じだったんです。それで映画に出てくるイチゴちゃんの歌を歌ってもらったら、すごく声が可愛くて、もう「この人がイチゴちゃんだ!」って思いました。こんなに理想どおりの人が来てくれるなんてビックリしましたね。
 「インディーズで映画を作っている女の子」っていうのを演じる上で一番重要なのは「なにはなくとも作品が一番大事」というのがわかってることなんですよ。キタガワにしてもイチゴちゃんにしても、対価としてのなにかを求めるんじゃなくて、完璧な作品を作り上げることが人生で一番大事なんです。それがわかっているってことで町田さんはほんとに理想的だったんです。彼女にとって毛皮族というのがまさに良い作品を残すためならどんなことでもするって媒体なわけで、それを映画に置き換えてもらえればイチゴちゃんがやろうとしていることそのままなので、ほんとに演出が楽でした。

―― キタガワは周りの人をつなげて作ったキャラクターということですが、イチゴちゃんは?

松梨:私が半分くらいかな。あとは私の周りにいた、1990年代にもてはやされていた女流監督さんのいろんな断片を集めさせてもらったような感じです。実際に90年代にイチゴちゃんとして活動していた人がいたんですけど、90年代の女流監督の代表はやっぱり彼女で、彼女の存在抜きにしては90年代インディーズシーンは語れないと思っているんです。それから、その頃のインディーズ映画シーンで女流監督に期待されていた像はこれだったと思うんですね。自分も含めて、女の子が映画を作っていれば、可愛かったら中身はなんでもいい、むしろ優れたものを作っていちゃいけなくて、陳腐なものを作っていることを期待されているような匂いをひしひしと感じていたんですよ。やっぱり、映画を作っていても男の子と女の子では違うっていう、ちょっと差別的な部分の代表としてこのコスチュームがあるんだって思ったんです。
 最初はバナナちゃんに変えようかと考えたこともあったんです。でも、バナナちゃんじゃ伝わらないなって思ったんです。フルーツでやるとしたらやっぱりイチゴじゃないとダメだと思うんですよ。それでご本人にもお話しして、ほんとに申し訳ないんですけど、見た目はイチゴちゃんでやることにしたんです。中身はほとんど私なんですけどね。

*1 毛皮族
エロバイオレンスな独特の雰囲気と高いエンターテイメント性を特色とする劇団。2000年に町田マリーさんと主宰者の江本純子さんを中心に結成された。公式サイト:http://www.kegawazoku.com



90年代のインディーズ映画シーンは奇天烈なことがいっぱいあった

―― 90年代インディーズ映画シーンを映画にしようと思った理由というのはなんだったんですか?

松梨:理由はいろいろあります。ひとつはディープな業界物って面白いから、だったら自分が一番知っている業界のことを書くのが一番面白いだろうって。90年代のインディーズ映画シーンは奇天烈なことがいっぱいありましたから(笑)。

―― 登場人物の中で奥山は映画監督として成功しますが、奥山にもモデル的な方はいるんですよね?

松梨:ひとりの人がモデルということはないですね。成功している人はいっぱいいますから。実際にあったエピソードも出てきますけど、それは自分の中で非常に面白かったエピソードのひとつだったので使わせてもらおうかなと思って。人格とかキャラは全然別ですね。奥山に関してはいい人にしようと思ったんですよ。キタガワがああですから、逆に空気の読める人として出したいなって。

―― キタガワは才能はあるけど社会性みたいなものが欠けていて、奥山は才能はキタガワに負けていても社会性がある。ある意味で対照的な人物像ですね。

松梨:でも、映画監督って微妙な職業で、インディーズで映画を撮るときは芸術家なんですけど、プロの映画監督って実は芸術家じゃないと思うんですよ。インディーズのようにシナリオも自分で書いて、撮影も自分でやって、編集も自分でやってってなるとよっぽど才能がないとどうにもならないと思うんですけど、プロの監督ってむしろ現場指揮者だと思うんですね。そういう部分でまるで別の能力を要求されるところだから、奥山が映画監督になれてキタガワがなれないっていうのは現実として全然ありだなあと思います。
 実際に、若いころ才能があってそのまま消えちゃった人のこととか思い起こしてみても、プロとしての必要な能力はゼロだったなあと思いますね。

―― 登場人物が作った作品として劇中映画が出てきますが、その部分で気をつけられた点は?

松梨:参考にした作品があるので、当時観た印象のままに撮ったんです。キタガワの作品はいわゆるイメージフォーラム的な実験的な奴で、白い洋服を着た女の子が出てくるイメージビデオみたいなのは当時たくさんあったし、もうひとつの随筆みたいなのは私の後輩の女の子が作ったものを参考にさせてもらっているんです。それはすごく好きだったので、イチゴちゃんが撮る作品という形で出してみたかったんです。当時の自主映画の代表的な奴をパクらせてもらったっていう感じなんですけど、今となってはいい思い出みたいな(笑)。

―― 後半の展開は、インディーズじゃないですけど、90年代に実際にあった映画作品のような展開ですね。

松梨:私が平野勝之さんの作品で主演している(*2)のはご存知ですか? 私と平野さんで北海道を自転車旅行したんですけど、そのときのことをシナリオでいっぱい使わせてもらっているんです。だからほんとに映画のイチゴちゃんは私なんですよ。

―― そのときの撮影はやっぱりすごく過酷でしたか?

松梨:いや、全然過酷じゃなくて楽でした(笑)。ただ、私と平野さんで「つらい」っていうことのレベルが違うんですよね。たとえば、彼はお昼ご飯が食べられなくてすごくキレたりするんですよ。私は普通にバイトとか仕事しているとお昼が食べられないくらい普通だと思うんですけど、彼はそこで「つらい」って言うんですね。私は何がつらいのかわからなくて、そこですごくギャップがありました。そのギャップがすごく面白かったんですけど。
 だから、ドキュメントを撮る人はいちいち心に痛みを負わなきゃならないんだなあって思いましたね。「こんなのつらくない、平気だ」と思ったら、その途端に話に起伏がなくなりますよね。1食抜いたら「ウォー」とかならないと面白くないんだなって思ったんです。だから、川口浩探検隊がいちいち「アッ!」とか驚くのはドキュメントとして正しいんですよ(笑)。ほんと、気をつかうのに疲れましたね。その意味でつらかったです。

―― 監督がそのとき実際に体験したことを演技で再現してもらうのは、演出する上で難しいところもあったのではないでしょうか?

松梨:まんたさんは良くわかっていたと思うんです。町田さんは、もうちょっと微妙に伝わった方がよかったかなっていう箇所が何箇所かはあるんですよね。駆け引きみたいな「もうちょっと自分が弱い振りをしないと、あとがつらいんじゃない?」みたいなところが。町田さんはキタガワみたいなややこしい人が周りにいたことがないらしいんですよ。だから、ややこしいタイプの人とお付き合いしていく上で気をつかう部分のさじ加減というのが、町田さんの引き出しにはなかったんじゃないかな。
 でも、撮影のときも結局ダメは出さなかったんですよ。できあがったものを見ても違和感はないですしね。私が微妙に思うのは自分を投影しているからかもしれないし、お客さんにどう伝わるかなので。

*2 平野勝之さんの作品
異色AV監督・平野勝之監督によるドキュメント作品『流れ者図鑑』(1998)。平野監督と女優・林由美香さんの北海道自転車旅行を記録した『由美香』(1997)、平野監督が単身冬の北海道を自転車で旅する『白 -THE WHITE-』(1999)という「自転車三部作」の第2作目にあたる。



バカ映画っていう路線をちょっと変えなきゃいけないと思った

―― 映画の後半はかなり驚くような展開となりますが、西村喜廣さんの特殊造形が大きな要素となっていますね。

松梨:もう、西村さんがいなかったら成り立たないですね。シナリオを書いていたときは西村さんとは知り合ってなかったんですよ。ほんとに、町田さんにしても西村さんにしても、神様が寄せてくれるんですよね。

―― 西村さんは撮影監督と照明もつとめられていますね。

松梨:この作品は自主映画体制で撮っているので、スタッフは4人しかいないんですよ。それで、西村さんも自主映画もやっている人なので、特殊造形以外も何でもできるんです。しかもすっごい仕事が早いんですよ。ライティングとかあり得ないスピードで組みますよ。「西村さんそんなに早くやらなくてもいいのに!」みたいな(笑)。

―― 西村さんが参加することになったきっかけは?

松梨:最初に会ったのは井口(昇=映画監督)さんのイベントに私がゲストで出たときだと思うんですよ。そのときに西村さんの仕事を紹介したパンフレットを渡されたんですけど、私はああいう特殊メイクのドロドロしたものを作る人って、自分の作っているものに夢中になる芸術家タイプだと思っていたので、最初はまた周りにややこしい人が増えたなとか思っていたんです(笑)。だから実際に西村さんを呼ぼうと思うまでにすごい決意がいりましたね。
 今まではまんたさんがスタッフもやっていたんですけど、今回は主演だからスタッフができないので、どうしようかって考えて、西村さんに声をかけたんですけど、来てもらったらビックリでしたね。西村さんは人を待たせるのが嫌で、こっちの都合を優先してくれるんです。それって制作進行のことを頭に入れてくれているってことじゃないですか。あんなにすごい造形物を作るのに、まず最初に制作進行のことを考えてくれるバランスの取れた人だったんで、こういう人がいるんだってすごいビックリしました。私も現場に入ったら制作進行を最優先したい人なんで、それがわかってもらえるというのはすごく助かるし、嬉しいし、予算も越えないですし(笑)。

―― 西村さんの特殊造形について、なにかエピソードみたいなものはありますか?

松梨:町田さんから実際に型取りしたイチゴちゃんの人形みたいなものを使っているところがあるんですけど、それが大変でした(笑)。
 シナリオを書いたときはマネキンかなんかを使えばいいやって思っていたんですよ。そしたら西村さんが「本人で型取りしなくちゃダメだ」って言って、まだクランクインもしていないのに町田さんに西村さんの工房に来てもらって「型取りしまーす」って全裸になってもらって、粘土状のものをガーッと被せて(笑)。しかも冬で、ガレージのコンクリの上にビニールシート敷いた上で全裸で1時間。それで固まるのが遅かったんでもう1時間待って、やっと固まったんで石膏を塗って、型を外そうとして「ヨイショ」って持ち上げたら町田さんも抜けずに一緒に持ち上がってきちゃって(笑)。なかなか型から抜けないんで3時間くらい格闘したんです。ほんとにすごい苦労して抜いたら、町田さんショックで半泣きで。私も一緒に涙出ましたよ、可哀想過ぎて。いやあ、特殊造形って怖いんだなって思いました(笑)。

―― そういう苦労の甲斐もあって(笑)、造形物がリアルですよね。そこで今までの松梨監督の作品とは違っているなっていう印象を受けたんです。

松梨:でも、シナリオが上がった段階で、この作品はバカ映画ではないなと思ったんで、もし自分で作るとしても、ダンボールで作るのとかはやめて、もうちょっとリアリティのあるものにしようとは思っていたんです。
 バカ映画っていう路線をちょっと変えなきゃいけないなって本格的に思っていたんですよ。自分の中でバカ映画って流行らなくなってきていて、世間的にも『オースティン・パワーズ』で終わっていて、あの感じでまだ引きずっていてもしょうがないっていう感じはするじゃないですか。しかも、私はバカ映画って手を抜くための手段だとは思っていなくて、手を抜いちゃいけないところは抜いちゃダメだと思っているんです。でも、バカ映画を知らない人がバカ映画をやると、抜いちゃいけないところを手抜きするんですよ。「バカ映画だからいいじゃん」って。それがほんとに不愉快だったので、そのバランスがわからない人がやるようになったら私はもうやらないと思っちゃったんですよね。だからちょっとアンチ・バカ映画のほうに行きたくなっちゃったところはあるんです。

―― では、西村さんの参加というのはそのためには非常に幸運でしたね。

松梨:すごく素敵でしたね。あり得ないくらいすごいと思いました。恩人です。




「実話のところで画面に赤丸を出したら?」って言われた

―― 実はインタビューをするのが難しい作品だなと思っていたんです。作った動機とか、映画の中で答えが語られている印象を受けたので。

松梨:今まで私は、映画を作んなきゃなんないから作っていたんですよ。毒がたまりやすい体質っていうか、世の中に対してすぐ不満をためちゃう方で「それっておかしくない?」って思ったことをなんかの形にして吐き出すものが映画だったんです。たぶん、この『映画監督になる方法』が私が毒素を吐き出す最後の作品だと思います。だから「作品自体が目的なんです」という感じですかね。
 いつも、新作を完成させた段階で「次の作品はこれが言いたい」っていうのがあったんですけど、今は「これを言わなきゃ」っていうことがないんですね。なので『映画監督になる方法』が集大成みたいになっているという気はしますね。今みたいに「これを言わなきゃ生きていけないよ」っていうのがなくなっている状態なのは初めてですね。

―― では、次回作というのは現在は考えていらっしゃらないんですか?

松梨:いえ、いくつか進んでいます。でも、それは私以外の発案者がいて、その人のやりたいことをどう私が表現できるかっていう方向で進んでいるんです。それはすごく面白いですね。ほかの人がやりたいことを形にしてみるっていうのはすごく勉強になるし、面白いし。ただ、その方向でやっているうちに、また「私がこれを言わなきゃ」っていうことが出てくると思うんですよ。そのときはまた私財を投げ打ってでもやるんじゃないかなって感じですね(笑)。

―― 『映画監督になる方法』というタイトルですが、実際に映画監督になりたい方たちがご覧になるとどう思われると思います?

松梨:すごく参考になると思いますよ(笑)。ほんとに大変だけど「やりたいんだったらやれば? 頑張って」みたいな(笑)。

―― たぶん、あまりほかの人が教えてくれない「映画監督になる方法」ですよね。

松梨:というか、実際に入ってみないとわからないことが多いんですよね。で、実際に入っちゃうと他人には教えたくなくなるんですよ。「自分はこんなに苦労して映画監督になったのにそれを簡単に教えるか」って(笑)。
 なかなかなれないですもんね。コンテスト通れば映画監督になれるかっていうとそう簡単に通りませんし、審査員に気に入られるのも一握りですし、気に入られなかったら私みたいにずっと自分でやれよって(笑)。

―― 実際の話、セリフの何割くらいが監督が実際に言われたり言ったりしたセリフなんでしょうか?

松梨:撮影しているときに、スタッフから「実話のところで画面に赤丸を出したらどう?」って言われたんですよ。それでちょっと考えたんですけど「ずっと赤丸消えないんで無駄だからやめましょう」って(笑)。
 でも、いろんな人のエピソードを組み合わせているので、ひとりの人を攻撃しているわけではないですし、映画をやっていない人のエピソードもありますね。私って映画関係の人とばっかり付き合っていて、一度「私がこんなに苦労するのは相手が映画関係の人だからいけないんだ」って反省したんですよ。それで一般の人と付き合ってみたら、やっぱり同じだったって。「おかしい! 一般の人のはずなのにこんな芸術家肌だ!」って(笑)。

―― それはもう監督が何か背負っているものがあるんじゃないでしょうか(笑)。

松梨:もう自分が信用できない(笑)。私って話があう人はたいていキタガワタイプの人なんで、すごく困りますね。すごく話が弾みながらも「またキタガワかも」いつも思いますもん。なので、誰とも付き合わないことにしようと決意しました。もう、ひとりでいいです(笑)。

(2006年3月8日/キングレコード本社にて収録)


 インタビューではちょっと驚くような発言も飛び出しましたが、『映画監督になる方法』はあくまで笑って観られるエンターテイメント作品となっています。この作品で初めて松梨監督の作品に触れる方は、監督の以前の作品や出演作も観てみるのも良いかもしれません。4月8日からの公開を、どうぞお見逃しなく!


映画監督になる方法
4月8日(土)より、渋谷シネ・ラ・セットにてレイトショー
脚本・監督・撮影・編集:松梨智子
出演:まんたのりお、町田マリー(毛皮族)徳蔵寺崇、松梨智子、津田寛治 ほか

詳しい作品情報はこちら!


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