坂本憲翔監督の初長編で田辺・弁慶映画祭ほか各地の映画祭で高評価を得ている『イマジナリーライン』が2026年1月17日よりユーロスペースで公開されるのを前に、予告編とアザーヴィジュアルが解禁。また、各界著名人がコメントを寄せています。
『イマジナリーライン』は、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域で学び、短編『窓辺のふたり』(2022年)が第36回東京国際映画祭 Amazon Prime Video テイクワン賞にノミネートされた1998年生の新鋭・坂本憲翔(さかもと・けんしょう)監督が、大学院の修了制作として制作した初長編。
アルバイトをしながら映画制作をおこなう主人公の文子と、文子の親友で日本生まれでありながら入管に収容される夢、文子の幼なじみで入管職員の船橋の3人を中心とした物語が描かれていきます。
2023年の入管法改正案採択により日本における入館制度の厳罰化が進んだ現状を踏まえて企画された作品で、学生スタッフと俳優たちが入管の被収容者や仮放免者、支援者への取材をおこなって撮影に臨み、入管内部の実態に深く切り込み「共に生きる」ことや未来のあり方を問いかける作品を完成させました。
『イマジナリーライン』場面写真。中島侑香さんが演じる山本文子(左)と、LEIYAさんが演じるモハメド夢
主人公で映画大学卒業間もない山本文子を演じるのはモデル・俳優として活躍する中島侑香(なかしま・ゆうか)さん。文子とともに映画制作をおこなう親友で日本生まれ日本育ちにかかわらず収容されてしまうモハメド夢役には俳優で配信ドラマ「I am…/KOKORO」(2024年)などで脚本家としても活動するLEIYAさん。
さらに、文子の幼なじみで夢とも親しくなる船橋を丹野武蔵さんが演じるほか、早織さん、生津徹さん、映画監督の諏訪敦彦さんらが出演しています。
第19回田辺・弁慶映画祭コンペティション部門で観客賞に輝いたほか、第21回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門正式出品、第26回TAMA NEW WAVEコンペティション部門正式出品と、各地の映画祭で上映されてきた『イマジナリーライン』が、2026年1月17日に渋谷ユーロスペースにて劇場公開されるのを前に、予告編が解禁されました。
タイピング音とともに画面に現れる「日本で生まれ育った親友が、ある日入管に収容された。」の文字と、収容された夢、パソコンのキーボードを叩く文子の姿で幕を開ける予告編は、文子と夢の友情を感じさせる映像に重なるように文子と船橋のやりとりなど、それぞれの心境を語るよなセリフが重ねられていき、文子と夢それぞれが笑顔を見せる印象的なカットで締めくくられ、本編への期待を高めていきます。
また、アザーヴィジュアルも解禁。2種類のヴィジュアルは、面会室らしき場所で立ち上がる文子、施設内に座る夢、それぞれのソロショットを用いて、登場人物の内面を感じさせるものとなっています。
そして、各界著名人が作品に寄せたコメントも解禁されました。
幼少期を海外で過ごしたシンガーソングライターの折坂悠太さん、日本の入管問題を扱った書籍「ルポ入管」の著者である共同通信記者の平野雄吾さん、予告編にも用いられているふたりのコメントのほか、音楽家・文筆家の寺尾紗穂さんや、ライターの武田砂鉄さん、映画監督の諏訪敦彦さん、塩田明彦さんらがコメントを寄せています。
シンガーソングライター:折坂悠太さんコメント
「日本」だとか。「日本人」だとか。「外国人」だとか。「国」だとか。
今日まで一体、誰の話をしていた?
この映画では、名前を呼んで、問いかける。
何度も繰り返し、名前を呼んで、問いかける。
そんな当たり前の事を、もう忘れたくないと思った。
今も閉ざされたままの、その人がいる。
響きの異なる名前を持った、私たちがいる。
作家:中島京子さんコメント
日本に生まれ育ったふつうの女の子が、犯罪者のように扱われることの理不尽。怖さ。絶望。そんなの、なにかがおかしい。間違ってる。登場人物たちが自分の心で気づくように、観客ひとりひとりが、気づくだろう。おかしいのは、悪いのは、彼女じゃない。間違っているのは、彼女が未来を夢見ることを禁じる、日本の法制度の在り方なのだと。
ライター:武田砂鉄さんコメント
人間と人間とを隔てるものは何なのか。
本当にそんなものがあるのか。
それを設けてラクをするのは誰か。
それに苦しめられているのは誰か。
乗り越えた先の人間と人間の結束がたくましい。
音楽家・文筆家:寺尾紗穂さんコメント
本編の終わり近く、文子の書く脚本の一場面として、
入管の面会場面が描かれる。
文子演じる面会者は二人を隔てるアクリル板を壊し、
二人はそこから逃げ出す。
制止する入管職員はおらず、現実離れしたシーンだ。
しかしそう思った瞬間、気づかされた。
アクリル板を壊してはならないものと思い込まされているように
社会の法やシステムは不変不可侵のもののように
多くの人が誤解している。
不条理に苦しむ隣人の涙に気づく人が増えれば、
それを壊して作り直せるのだと本作は静かに、力強く伝える。
フィクションの力、想像をとめないこと。
表現者としての監督の、スケールの大きさを感じさせる力作。
弁護士:柏倉キーサレイラさんコメント
難民になりたくてなった人なんていない。
難民二世になりたくて、生まれてきた子どもなんていない。
私たちがたまたま日本国籍を持って生まれてきたように、その子もたまたま難民の子供として日本に生まれてきただけ。
この状況を「仕方ない」という言葉で片付ける世界に、
未来なんてあるのだろうか。
共同通信記者・「ルポ入管」著者:平野雄吾さんコメント
「ルールを守らない外国人が、国民の安全と安心を脅かしている」―。そんな言葉が国家機関からも政治家からも平然と語られる。だが、実際にルールを踏みにじっているのはいったい誰なのか。司法審査も期限もないまま自由を奪い続ける日本の入管収容制度。国連の自由権規約委員会や拷問禁止委員会は国際基準から逸脱していると繰り返し懸念を示し、日本政府に改善を求めてきた。なぜ国際法は、恣意的な無期限拘束の廃止を強く求めるのか。その答えはこの映画の中にはっきりと映し出されている。入管当局の裁量行政に翻弄される外国人と、友を見失うまいと必死に寄り添う日本人。本作は、人と人のあいだに引かれた残酷な「見えない線」をそっと可視化し、観る者に静かでありながら確かな問いを投げかけてくる。
映画監督:諏訪敦彦さんコメント
近年、その非人道性が社会問題となった日本における入管制度、難民問題を取り上げ、短い準備期間の中で取材、調査を行って「現実」に挑んだ。何より俳優との信頼関係を構築し、その身体に空間を開け渡すことで、迫真の演技とリアリティを実現し、わたしたちをこの耐え難い状況に巻き込んでゆく力を画面に漲らせる。しかし、それは現実の再現にとどまらず、撮影するという行為そのものを映画に導入することで抽象的な表現に高められる。ある場面における驚くべきその非現実的な切り返しは、「夢」という人物が他の誰かでもありうること、日本のみならずあらゆる場所で起きうる普遍的な世界であることに映画を跳躍させるのだ。
映画監督:塩田明彦さんコメント
自由は光と共にある。さりげなくも華やいだ幸福の記憶はいつも光に包まれている。女性二人が両頬に太陽の光を受け止めながら、彼方をみつめるところで映画内映画のラストカットは終わっている。自主映画の監督と主演女優。だが、ある日とつぜん、女優の自由が奪われていく。女優ひとりが、光の奪われた世界へと閉じ込められていく。その痛みも悲しみも憎しみもすべて光と、光の喪失のドラマとして描かれていく。人の肌を温め、居場所を照らし、共に光に包まれていることの幸福感を、あるいはそれが奪われていくことの痛みを、この映画は見事なまでに言葉を超えて伝えてくる。
即興演出による俳優の生々しい演技によって作品にリアリティと緊張感をもたらしている『イマジナリーライン』。映像制作で使われる用語をタイトルにして「見えない線」を描いていく意欲作は、2026年1月17日土曜日より、東京・渋谷のユーロスペースで公開、ほか全国順次公開されます。
『イマジナリーライン』ストーリー
映画学校を卒業してまもない山本文子(中島侑香)は、アルバイトをしながら映画づくりを続けていた。親友のモハメド夢(LEIYA)を出演者として映画を撮り、ときにたわいもない話に興じる日々はかけがえのないものだった。ある日、文子は幼なじみの船橋(丹野武蔵)を夢と引き合わせる。音楽好きの夢と船橋は、すぐに心を通わせた。ある日、一年前に母を亡くし喪失感をかかえたままの文子に、夢は母の遺灰を海にまいたらどうかと提案する。文子の母の故郷・鎌倉へと向かったふたり。しかし、旅先で思いもよらない悲劇が起きる。夢が逮捕された——。日本で生まれ育ちながらも”在留資格”をもたない夢には、自由な移動がみとめられていなかった。県境を越えたという理由で、入管施設に収容された夢。翌日、彼女のまえに現れたのは入管職員の制服をまとった船橋だった。
親友の解放のために動きはじめた文子。ひとすじの望みを信じて闘う決意をした夢。職務と友情のあいだでゆれる船橋。いま私たちの前に、この国の冷たい制度の壁が立ちはだかっている。