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『クソすばらしいこの世界』朝倉加葉子監督インタビュー

朝倉加葉子監督写真 韓国人留学生のアジュン、遊んでばかりの日本人留学生グループ、貧しい白人の兄弟。アメリカの片田舎で彼らが出会ったとき、誰も予想だにしなかった血の惨劇が幕を開ける……。
 残忍な殺人鬼が登場し若者たちを次々に血祭りにあげる“スラッシャー映画”。日本映画ではまだ未開拓といえるこのジャンルに、意欲あふれる作品が登場します。新鋭・朝倉加葉子監督の長編デビュー作『クソすばらしいこの世界』です。
 主演に『息もできない』などで国際的に高い評価を得る韓国人女優のキム・コッビさん、共演にアメリカを拠点に活動し『ムカデ人間』で注目を集めた日本人男優・北村昭博さんらを迎え、全編ロサンゼルスロケという、まさにボーダーレスな体制で制作された『クソすばらしいこの世界』は、殺人鬼の恐怖を描くと同時に、決して埋まることのない“文化の違い”をまざまざと浮き彫りにしていきます。
 果たしてこの作品は、我々が生きる“クソすばらしいこの世界”への呪詛なのか? 讃歌なのか? 朝倉監督にお話をうかがいました。

朝倉加葉子(あさくら・かよこ)監督プロフィール

山口県出身。東京造形大学在学中に映画制作をはじめる。大学卒業後、テレビ番組制作会社でアシスタントディレクターをつとめたのち、2004年に映画美学校に入学。同校修了制作作品『ハートに火をつけて』が2008年に「映画美学校セレクション2008」の1本として劇場公開される。2010年に女性監督による短編映画上映企画「桃まつり presents うそ」で自主制作作品『きみをよんでるよ』が劇場公開。同年、テレビシリーズ「怪談新耳袋 百物語」(BS-TBS)の一編「空き家」で商業作品デビューを果たす。ほかの作品に、高橋洋監督作品『恐怖』バイラルムービーとしてネット配信された(のちに『恐怖』DVDに特典として収録)短編『風呂上がりの女』(2010年)、カンヌ映画祭マーケット部門Short Film Corner2013参加作品『HIDE and SEEK』(2013年)など。

「スラッシャー映画って、ちょっとさわやかな感じを受けたんです」

―― 『クソすばらしいこの世界』は日本では珍しい本格的なスラッシャー映画ですね。監督ご自身スラッシャー映画がお好きなのだと思いますが、監督のスラッシャー映画との出会いから聞かせていただけますか?

朝倉:私はスラッシャー映画はすごく好きなんですけど、ちゃんと観られるようになったのがずいぶん大人になってからで、18歳くらいなんですよ。それまでは怖いもの全般がすごい苦手で、怖い話とかもダメだし、怖い映画はもってのほかみたいな感じでホラー映画が全然観られなかったんです。でも映画は好きでいろいろ観ていて、だんだんビデオ屋さんで自分がどうしても行けないホラーコーナーが面白そうに見えてきちゃって(笑)。それで18歳くらいのときに「きっと面白いんじゃないか」と意を決して『悪魔のいけにえ』(1974年・米/トビー・フーパー監督)を借りたんですよ。「ちゃんと観られるかな? 大丈夫かな?」という不安もありつつ観てみたんですけど、そしたらすごい面白くてビックリしちゃって(笑)。そこからホラー映画というかスラッシャー映画をバーッと観はじめてという感じでしたね。

―― ホラーと分類される映画でもいろいろなタイプがありますけれど、その中でも特にスラッシャー映画だったんですね。

朝倉:それまでホラー映画を全然観ていなかった分、わけもわからず観ていたところがあったので、けっこうゴッチャになっていたりするんですけど、いま思うとスラッシャー映画やスプラッタ描写がある映画って、アクション映画みたいなちょっとさわやかな感じを受けたんですよね。スポーティーな感じがするというか爽快感があって、それで面白いなと思って、ほかのジャンルよりも多めに観るようになっていったんです。

―― いままでご覧になったスラッシャー映画の中で、特に記憶に残っていたりお好きな作品というとなんでしょう?

朝倉加葉子監督写真

朝倉:スラッシャー映画はほんとに現在進行形で好きで観ているので、けっこう最近の作品なんですけど、『ホステル』(2005年・米)のイーライ・ロスが監督した『キャビン・フィーバー』(2002年・米)という映画があって、いわゆる殺人鬼ものではない、ちょっと変種のスラッシャームービーなんですけど、それが大好きですね。

―― さっき「爽快感があった」というお話がありましたが、それ以外に監督が感じるスラッシャー映画の魅力というのはありますか?

朝倉:“スラッシャーの魅力”という答えになるのかわからないんですけど、昔の作品で正統派のスラッシャーの原点のように言われている『暗闇にベルが鳴る』(1975年・カナダ/ボブ・クラーク監督)とかは、サスペンスもあるし、人間関係のドラマもしっかりしているし、映画としての見どころがすごいある作品だと思うんですよね。その合間合間にヴィジュアル的にショッキングなものだったり、表現としてビックリするような殺人シーンとかは入りますけど、それも含めて全体的に映画としてすごい面白いというか、多角的にいろいろなやり方で面白さを提示しているのがいわゆるホラー映画だしスラッシャー映画だと思うんですよね。それがすごいエンターテイメントでいいなあと思うんです。

―― そして今回『クソすばらしいこの世界』で実際にスラッシャー映画を監督されたわけですが、この作品はどのようなきっかけで製作されることになったのでしょうか?

朝倉:テレビで「怪談新耳袋」(※1)という5分の短編のドラマがありまして、そのときに今回のプロデューサーのキングレコードの山口(幸彦)さんと初めてお仕事をしたんです。私は「怪談新耳袋」で商業デビューというか、初めて普通の媒体で発表されるお仕事をさせていただいたんですけど、ずっと長編を撮りたいなと思っていて、どういう映画にしようかなというのをいろいろ考えていたんです。その中のひとつに殺人鬼が活躍するスラッシャー映画がありまして、そういう話を山口さんにしていたら「じゃあ作ってみましょうか」というお話になったんです。

  • ※1:実話怪談集「新耳袋」を原作としたドラマシリーズ。BS-TBS(シリーズ開始当初はBS-i)とキングレコードの製作で2003年より放送開始。5分の短編、中編のスペシャル版など放送形態を変えつつ続く長寿シリーズとなっており、劇場版も現在まで5作製作されている。朝倉監督は2010年放送のテレビシリーズ「怪談新耳袋 百物語」の一編「空き家」を監督している。

「アメリカ映画の真似ではないオルタネイティブな感じを打ち出したいと思っていたんです」

―― 今回は全編アメリカロケを敢行していらっしゃいますが、これは当初から構想されていたのでしょうか?

朝倉:さすがに最初から「アメリカで撮影したいです!」とは言えなかったんですけど(笑)、アメリカで撮影できたらいいなとはずっと思っていたんです。やっぱり、アメリカのスラッシャー映画ってアメリカで撮影していたり、実際はカナダで撮影しているものもけっこうあるんですけど、私が好きで観てきた作品ってアメリカやカナダの辺りで撮られた作品だったんですね。それを山口さんが汲んでくださって、ほんとにうまい具合にアメリカの制作会社が見つかって実現することになったという感じでした。

―― もうひとつ、韓国のキム・コッビさんが主演というのも日本映画としては珍しいかたちですが、主演をキム・コッビさんがつとめられるのはどの段階で決まったことなのでしょうか?

朝倉:主役の女性をどんな人にお願いしようか、キャラクターやストーリーの内容も含めてずっと考えていたんですけど、たしかプロットとか脚本の初稿も作ったあとくらいに、山口さんがゆうばり国際ファンタスティック映画祭(※2)に参加されて、その映画祭にキム・コッビさんがいらしていたんですね。それで、私は映画祭には行ってなかったんですけど、山口さんがゆうばりから帰ってきてから「折り入って話があるんだけど」と呼び出されまして「ぼく、キム・コッビさんのことが好きになった」って(笑)。それは変な意味ではなくて「ほんとにすごい女優さんで、ぜひ仕事をしたいから『クソすばらしいこの世界』に出てもらうのはどうですか?」ということで、そこでキム・コッビさんに出ていただくために主人公を韓国人の留学生にしたんです。キム・コッビさんにオファーをする前は、主人公も日本人留学生で、それで周りとちょっと異質というキャラクターにしようかなと思っていたんです。

―― キム・コッビさんが演じることで、その「異質」という部分がより明確になっていますね。

『クソすばらしいこの世界』スチール

『クソすばらしいこの世界』より。キム・コッビさん演じる留学生のアジュン(右)は日本人留学生グループに誘われキャンプに同行するが……

朝倉:ほんとに、彼女が出演を決めてくれたおかげで世界がグッと広がった感じがありますね。キム・コッビさんご本人は日本語も堪能で、英語と、あとフランス語もかな? 喋れる方なんですけど、映画では日本語は喋れない韓国人として出てもらおうと決めていたんです。なぜかというと、日本語がわからないことでのディスコミュニケーションという立場に、自分が望んではいないのに追いやられてしまうというキャラクターにしたかったんです。それは彼女が出演を決めてくれてから初めてしっかり出せた要素ですね。

―― アメリカ撮影の効果かなと思うのが映像面で、やはり日本で作られた作品とは違った印象の映像になっていると感じたのですが、監督ご自身はアメリカの空気感みたいなものは意識されていましたか?

朝倉:そうですね、映っている場所がアメリカに見えるようにはしたいと思っていて、そこは意識してやりました。今回、撮影は私がいままで日本で何本か一緒にやっていた人(※3)にお願いしているんです。その人がたまたま自身の都合で撮影当時ロサンゼルスにいて、いろいろ条件も揃ってお願いできることになって、私もその撮影監督も日本で映画を撮った経験しかなかったので、ふたりで「アメリカで撮るんだったらどうしようか?」という話はずいぶんしました。だから、画面の色だったり、ちょっとノイズをかける処理をしてみたりとかは、アメリカだからやってみようかなと思ったことでしたし、撮り方もいわゆる日本式のカット割もありつつアメリカンスタイルもやってみようみたいな感じで、どうやったらアメリカがアメリカに見えるのかというのは、ずっと相談しながらやった感じですね。

―― いまお話に出ましたけど、画面の色はかなり作り込まれていますね。冒頭はほんとにアメリカの気候みたいにカラッとした色調なのが、映画が進んでいくと徐々に湿度の高い色になっている感じがしました。

朝倉:ありがとうございます。それは映画の中の時間が昼から夕方、そして夜になるのとリンクした印象の変化かもしれないんですけど、お話的にもカラッとしたホラーからだんだんと湿っぽい感じになっていくので、どんどん違った雰囲気にしたいなというのはあったんです。今回はアメリカで撮影する映画だったんですけど、アメリカ映画の真似をするのではないオルタネイティブな感じを打ち出したいと思っていたんです。だから後半はアメリカンスラッシャーとは違った感じで人が死んでいくというふうに作ったつもりなので、実際そう見えないとは思うんですけど、イメージとしては日本のホラーに近づけていこうという意識はあったんです。なので、色もそういう流れを汲んで変えていこうというプランは立てていました。

  • ※2:北海道夕張市で年1回開催されている映画祭。1990年に「ゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭」としてスタートし、2000年より現在のタイトルとなった。山口プロデューサーとキム・コッビさんが出会ったのは2011年2月開催の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2011」。山口プロデューサーは映画祭上映作『ビー・デビル』(2010年・韓国/チャン・チョルス監督)の日本配給担当として参加、キムさんは『いま、殺しにゆきます』(2009年・韓国/パク・スヨン監督)『恥ずかしくて』(2010年・韓国/キム・スヒョン監督)の出演作2作が上映されゲストとして参加していた。
  • ※3:撮影の木津俊彦さん。朝倉監督の作品には『きみをよんでるよ』『風呂上がりの女』(いずれも2010年)に撮影で参加している。

「おとなしい映画にはならないようにしようと思っていたんです」

―― この作品では、殺人鬼が差別感情というよりはある種の保守的な感覚としての“白人男性至上主義”みたいなものを持っていますよね。それって日本ではあまり実感できない感覚だと思うので、それを描いているのが興味深かったです。

朝倉:ほんとにおっしゃるとおりで、差別主義者というよりもアメリカの保守層のちょっと極端な例みたいな感じで作ったキャラクターなんですけど、スラッシャー映画やホラー映画でアメリカの風土を描いた映画だとああいう人たちがけっこう出てくるんですよね。それがまずあったのと、今回は韓国人留学生がいて日本人留学生がいて白人がいてと、国も人種もわかりやすく分けてキャラクターを作っているんですけど、それは日本国内の日本人内でも起こりうる話で、私の中で「ああいう頭の固い人はやっかいだよね」みたいなところがあるからかもしれないですね(笑)。

―― 監督は実際にアメリカでの生活をご経験されたことはあるのですか?

朝倉:まったくないです(笑)。留学経験もないですし、アメリカも旅行に行ったことがあったくらいで、英語も喋れないですし(笑)。

―― それで、ああいう感覚を描けるのはすごいですね。

朝倉:ありがとうございます。きっと、私の中で映画の中のアメリカがああいうふうに見えているんだと思います(笑)。

―― あと、この映画っていろいろなものを破壊する映画だなって思ったんです。人間の肉体が破壊されるというのもありますし、閉鎖的な日本人のコミュニティが破壊される話でもあるし、殺人鬼の側からしても彼らなりの秩序が破壊される話だなって。そういう映画を作ることで、監督ご自身もなにかを破壊しようとしているところがあるのではないでしょうか?(笑)

『クソすばらしいこの世界』スチール

『クソすばらしいこの世界』より。怖ろしい殺人鬼はなんの躊躇いもなく次々と殺人を犯していく……

朝倉:とりあえず、なにか思い切った映画を作ろうとは思ったんですよね。今回せっかくこういうチャンスだったし、しかもアメリカで映画が撮れるということもあって、おとなしい映画にはならないようにしようというのは思っていたんです。それから、この話はわざと人種の軋轢を生むみたいな話にはしているんですけど、当たり前ですけど私は人種間の争いとかバカバカしいものだと思っているんですね。「そういうものはバカバカしいよね」というのをちゃんと言って、最終的に「なんだかわからないしもういいや!」って感じになったらいいなっていうふうには思っていました。

―― 最後に、インパクトのあるタイトルについてお尋ねしたいんですが、映画の中では「It's a Beautiful Day」という歌が歌詞にFワードを混ぜて歌われてますよね。この英語の歌詞が先にあったんでしょうか? それとも日本語の題名が先にあっての英語の歌だったんでしょうか?

朝倉:日本語のタイトルが先なんです。最初は、そのままなんですけど「What a Wonderful World」みたいな曲をイメージしていて、ザックリと「そういう曲を歌っている」というイメージを決めて脚本を書いていたんです。それで、実際に映画で使う曲をアメリカの制作会社に探してもらったときに見つけてきてくれたのが「It's a Beautiful Day」で、ちょっとニュアンスは違いますけどすごくいいなあと思って、映画の英題は曲のタイトルをそのまま使わせてもらいました。

―― 「クソすばらしい」って両方の意味に解釈できると思うんですよね。「クソみたいにひどい」のか、あるいは「すばらしい」を強調してるのか。監督ご自身はどちらの意味で考えていらっしゃるんでしょう?

朝倉:答えを逃げるわけではないんですけど、ほんとにおっしゃるとおりで両方なんですよ(笑)。英語で「F***in' World」だとほんとに「クソったれの世界」みたいになるんですけど、日本語で「クソすばらしい世界」と言うとどっちの意味にもとれて曖昧になるのがいいなあと思って、このタイトルにしているんです(笑)。

―― 監督にとって、いまの世の中って「クソすばらしい」んでしょうか?(笑)

朝倉:うーん……。いやなこともいっぱいありますけど、そこも含めて楽しいなと思っています。「そんなに楽しいことばっかりじゃないよね」というのはもちろんあるので、どっちもあるくらいがちょうどいいんじゃないですかね(笑)。

(2013年4月18日/ブラウニーにて収録)

作品スチール

クソすばらしいこの世界

  • 監督:朝倉加葉子
  • 出演:キム・コッビ 大畠奈菜子 北村昭博 しじみ ほか

2013年6月8日(土)よりポレポレ東中野にて3週間限定レイトショー ※公開初日に特別オールナイト開催

『クソすばらしいこの世界』の詳しい作品情報はこちら!

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